「ライアン」
「久しぶりじゃないか。今日は絶対来るだろうと思って俺もなんとか都合をつけたんだ」

 満面の笑みで、ライアンが話しかける。よほどリュカに会えたのが嬉しかったと見える。

「わかりましたから、離れてください。料理を落としそうでしたよ」

 小さな子どもをたしなめるように言えば、「悪い悪い」とライアンは頭をかいた。そして、ふとナディアへと視線を向ける。

「リュカ、こちらの美しいレディは……」
「お久しぶりでございます、ライアンさま」

 一歩前に出て挨拶をすれば、ライアンは一瞬石のように固まったかと思うと、つぎには黒曜石の瞳を見開いて驚きを露わにした。

「えっ! まさか……、ナディアちゃん?」

 はい、と頷くナディアの隣ではリュカが「誰だと思ったのですか」とあきれ顔を浮かべていた。

「この私がナディア以外の女性をエスコートするはずないでしょう」
「だよな……、……いや……、これは、たまげた……」

 まじまじと顔を見つめられ、ナディアは恥ずかしさと不安から俯いた。ライアンでさえナディアの素顔を見てこんなに驚くのだから、ほかの人から見たら自分はどう思われるのか、不安で仕方がない。

「ごめんね、あんまり綺麗だったから見惚れちゃったんだよ。痣なんか全く気にならないね」
「ホントですか……? オルガさんに化粧で隠してもらったんです」
「どれどれ、もっと近くでよく見せて?」

 リュカとナディアの間に割って入ると、ライアンはナディアの顔を覗き込む。「うん、大丈夫。これだけ近くで見ても薄っすらとしか見えないよ」と言ってにっこりと笑った。
 肩から垂れる漆黒の髪は、相変わらず艶やかで美しい。

「ライアンさまは、今日はおひとりですか?」
「うん、今日はリュカに会いに来ただけだから。こいつってば忙しくて家に行ってもいないし、職場に行けば邪魔だって追い出されて……、休みという休みはぜーんぶナディアちゃんに持ってかれちゃうしねー」
「えっ、そ、そうだったのですか……? それは……申し訳ありません……」
「ナディアが謝ることではありません。もともとライアンに割く時間などありませんから」
「旧友を蔑ろにするなんて罰があたるぞ、リュカ」

 ライアンが加わったことで、周りからの注目度は余計に高まってしまった程だが、談笑のおかげで幾分ナディアの緊張が解れていった。

「そろそろ、挨拶に行きましょうか」

 さっきまでできていた人だかりが落ち着いたのか、人気もまばらになりナディアからも夫妻の姿を確認することができた。

「――あらっ? ベルナール公爵様ではありませんか」

 甲高い声に振り向けば、そこにはローズとノアが連れ立っていた
 ローズを見たナディアの胸がどくんと跳ねる。