――――忌々しい。
ローズに浴びせられた言葉を思い出してしまう。
いつだって、周りからの視線に怯えて、殻に閉じこもるように仮面をつけて痣を隠してきたナディア。
今だって、自分に自信なんかこれっぽっちもない。
それでも、自分を信じてくれる人たちを裏切るようなことだけはしたくないと強く思う気持ちが、ナディアの背中を押した。
「なにをおっしゃいます! こんなにお美しいのに誰が不快になんてなるものですか!」
憤慨していうオルガに、ナディアは苦笑を浮かべた。これまでも数回オルガの世話になっているが、その度にナディアを元気づけてくれるとてもあたたかい存在となっていた。
「さ、旦那さまに早く見せてさしあげましょう」
促され、ナディアは立ち上がる。仮面のない開けた視界が眩しい。
リュカには二度ほど素顔を見られているが、それでも緊張が走る。騒がしい胸を必死に抑えながら、ナディアは階段を下りていった。
すると、階段下のホールをうろうろとさまようリュカの姿が目に留まり、ナディアは思わず歩を止めてしまう。まさかこんな所にいるとは思わず、心の準備が不十分だった。
「ナディアさま? どうしました?」
オルガの声で、リュカがこちらを仰ぎ見た。
「ナディ……」
「まぁ、旦那さま、そんなところで。待ちきれなかったんですねぇ」
オルガのからかいも聞き流して、リュカはナディアの目の前まで駆け上がってくる。刺繍や飾りが程よく施されたジャケットに品のあるフリルシャツを着こなしたリュカはいつもに増してカッコよく美しく、ナディアは見惚れてしまう。
しかし、リュカのオパールグリーンの瞳が、ナディアの顔を捉えた。ナディアよりも2段下に立ったリュカと目線が揃い、ナディアは居たたまれずに俯いてしまう。
(……やっぱり、仮面を付けてくればよかった……)
すでに心が折れてしまいそうになった。
「もっとよく見せてください」
そっと顎に指がかけられて正面を向かされたナディアは、恥ずかしさで視線をさまよわせる。
(仮面がないのが、こんなに恥ずかしいなんて)
「あの……変じゃありませんか?」
あまりにまじまじと見つめてくるリュカにいたたまれなくなったナディアは、照れをごまかすように問うた。
ややして、リュカはため息とともに「美しい」と感嘆する。そして、ナディアの手を取り、階下へとエスコートした。オルガはいつの間にか姿を消していた。
それからリュカと共に馬車に乗り込んで、目的地へと向かう。揺れる馬車の中、リュカの視線がいつも以上に刺さった。
「あ、あのリュカさま……そんなに見られては、恥ずかしいです」
「見るな、という方が無理ですナディ。あなたのブルーダイヤの瞳は、見る人を魅了する美しさがあります。本当なら、あなたをこのまま額縁に入れて飾っておきたいくらいです」
どう返せばよいのか、考えあぐねた挙句なにも返せなかったナディアは、ひとつため息をついた。ガタガタと揺れる馬車の中、ナディアの胸は不安でいっぱいだった。
リュカはこう言ってくれているが、これまでたくさんの人が集まる場で仮面を取ったことなどないナディアにとって周りがどういう反応を示すのかは未知数だった。
すると、ナディアの手にリュカの手がそっと重ねられる。
「――大丈夫ですよ」
見上げた先、柔らかく微笑むリュカに見つめられ、ナディアは小さく頷く。リュカの口から放たれたそのたった一言に、気持ちが落ち着いていくのを感じた。
グローブ越しに伝わる手のぬくもりに、強張った心がほぐされていくようだった。