「――ナディアさま、終わりました。目を開けて大丈夫ですよ」

 リュカの邸宅、リュカの母親の部屋で支度をしていたナディアは、オルガの声で目を開けた。

 鏡に映った自分の顔に、目を見開く。

「どうですか? 完全には消せませんが、前髪で少し隠してみましたし、痣もほとんどわからないくらいですよ」

 オルガの言葉通り、ナディアの左目の周りの痣は、欲見なければわからない程に薄くなっていた。痣のない自分の顔を見るのは初めてのことで、ナディアは一瞬言葉を失った。

「前髪は鬱陶しくありませんか?」

 伸びてきた前髪は、痣をかばうように右から斜めに編まれていた。左目にすこしかかっているのが気にならないかどうかを心配しているのだろう。オルガの問いかけにナディアは「大丈夫です」と返す。

 今日は、これからサロンへ行くリュカの同伴のため、オルガに支度を手伝ってもらっていた。

 そこでナディアは、オルガに化粧でシミを薄くできないかどうか訊ねたのだった。

 これまでほとんどを家と孤児院で過ごしていたナディアにとって、仮面をつけていてもなんの問題もなかった。しかし、リュカと行動を共にすることが増え、やはり仮面をつけて公の場に行くのは一目を引くし、マナー的にも問題があるということを身に沁みたのだった。

 ナディアの突然の申し出にも関わらず、オルガは嫌な顔ひとつせず二つ返事で了承し、ほかの使用人におしろいの手配を指示して、テキパキと準備を進めてくれた。

「本当に、お美しいです。旦那さまが見たら卒倒してしまわないか……」
「ありがとうございます、こんなに薄くなるとは思っていませんでした。昔、母が試しに塗ってくれたことがあったのですが、全くと言っていいほど消えなかったので」
「普通のおしろいじゃぁそうでしょうね」
「これは特別なものなのですか?」

 そう言うと、オルガは両腕を腰に当てて胸を張った。

「これは、大奥様のシミ隠しのために作られた特注のおしろいなんですよ」

 特注、という言葉を聞いてナディアは青くなる。

「そ、そんな、特別なものを……私のために……申し訳ございませんっ」

 自分の図々しく頼んでしまったばかりに、そんな大層なものを買わせてしまった、と浅はかな自分を内心罵った。しかし、オルガはその恰幅のよい体を揺らして「大丈夫ですよ」と笑う。

「ナディアさまですから、ご用意したのです。ご心配には及びません、旦那さまにも許可は頂いておりますからね。これなら、仮面をつけなくてもよろしいのではありませんか?」

「……不快に思われないでしょうか……」

 もう一度鏡に目を移せば、情けない顔をした自分と目が合った。