「あの……、リュカさまの恋人役として、他の男性と変な噂が立たないよう今まで以上に気を付けますので……」

(どうか、契約を、終わらせないでください……)

「ノアのことは、今のままで構いませんよ。ただの、友人ですからね? ただの」


 ただの、を強調するリュカを不思議に思いながらも、契約を解除されない事にほっと胸をなでおろす。

(良かった……)

「それに、ナディ。あなたは恋人役ではありません。正真正銘、私の恋人です」

(それは……どういう意味……?)

「わかりましたか?」
「は、はい……」

 オパールグリーンの瞳は慈愛に満ちている。どこか、悲し気な雰囲気を纏って、揺れているようにも見える。ナディアはリュカの言葉の真意を理解できないまま頷いてしまう。

「――キスをしても?」
「え?」
「先ほどから、ずっと我慢してるんです、実は」

 かぁぁぁ、と頬を染め上げるナディア。

(そ、そんなこと聞かれても……!)

「まぁ、嫌と言われても、しますが」
「――ッ」

 不敵な笑みを浮かべる、リュカの整った顔が迫り奪われる唇。

「っは、りゅ、リュカさま……、あの、私、砂埃まみれで……んんッ」

 ナディアの抵抗も虚しく、リュカはやめないどころか激しくなるばかりで、息をするのも立っているのもやっとこさ。

「おっと」

 とうとう膝から崩れ落ちるナディアを、リュカの腕が抱える。再度抱きしめられて、リュカの胸に顔をうずめて羞恥でいっぱいになった己の姿を見せまいとやり過ごした。
 そんなナディアを知ってか知らずか、リュカは彼女の栗毛を指に滑らせて弄んでいる。手触りを確かめるかのように、梳いてはパラパラと流してを繰り返す。

「ナディ。私はもう……あなた無しでは生きていけそうにありません」

 耳元で呟かれた言葉に耳を疑った。
 あの、天下のリュカ・ベルナール公爵の口から生きていけないなどという言葉が出たとは誰が信じるだろうか。

(そんなわけ……あるわけないのに……)

 どうせリュカの戯れだと、ナディアはどう返せば良いかわからなくて困惑する。

 自分が少しでもリュカの支えになるのなら、求められている限りはリュカのそばに居たいと思って今日まで来たナディアにとって、その言葉は至高の言葉となったことだろう。

(それは……私の言葉だわ……)

 リュカを失う時を、ナディアは恐れていた。
 いつか必ず、そう遠くない未来、リュカが自分に飽きる時が来るとナディアは確信している。

 これ以上深入りして苦しむのは自分だとわかっているのに、どんどん惹かれていくのを止められない。

(こんな気持ち、知らなかった……)

 いっそのこと、知らないままの方が良かったと思う時がくる。それでも、この思いを手放すことなどナディアにはもう出来ない。

 リュカの腕の中、ナディアは幸せなのに泣きたい気持ちになった。