「リュカさま、本当に……、本当に、ありがとうございます。心から感謝いたします」

 馬車の中、ナディアは隣に座るリュカを見上げて今日何度目かになる謝意を伝えた。孤児院での子どもたちの幸せそうな笑顔溢れる姿が思い出されて胸をまた熱くさせる。

 クリスマスイブの今日、リュカからの提案で孤児院でクリスマスパーティを開き、リュカから子どもたちに豪華な食事とプレゼントが振舞われたのだった。
 事前にアリスとテオに協力してもらい、子どもたちに欲しいものを聞いておいた。まさかプレゼントとして貰えるとは思ってもいなかった子どもたちは、小さな聖堂と呼ぶには粗末な広間に飾られたもみの木の下に置かれたキラキラと輝くプレゼントの箱を見て大興奮。
 自分の名が書かれたプレゼントを探し出し、息もつく間もなく開封していた。その姿のなんと眩しかったことか。

「私も子どもたちの喜ぶ姿が見れて嬉しかったです」

 リュカはその端正な顔に穏やかな笑みを浮かべてナディアを見つめ返した。伸ばした手は、ほんのりと朱に染まる頬に触れる。ひんやりと冷たい頬の滑らかな感触を堪能するように、指の腹や背、掌をすりすりと滑らせる。その甘さを帯びたくすぐったさに、ナディアは思わず首をすくめた。

「やっと二人きりになれました」

 そして、見つめられたまま顔が近づき、唇がそっと触れる。ナディアの予想に反して、一瞬で離れてしまった熱に、ナディアはあろうことか物足りなさを感じた。
 もっと触れてほしい、と(こいねが)う自分がいることに、驚きと恥ずかしさがこみ上げる。

(やだ……私ったら、はしたない)

「ナディ、これを」

 俯くナディアの視界に、小さな小箱が差し出される。ゴールドのリボンがかけられた赤い箱はナディアの手に握らされた。

「これは?」
「私からのクリスマスプレゼントです」

 開けてみて、と促されてリボンに手を掛ける。引っ張るとシュルシュルと心地良い音をたてて解けていった。

 蓋を開ければ、ゴールドの細いチェーンに小さな宝石が幾つも散りばめられたブレスレットがキラキラと輝きを放っていた。薄っすらと青みを帯びて透き通った宝石をナディアは初めて目にする。

「すごい……きれい……」
「ブルーダイヤです。あなたの美しい瞳の色と同じ」

 言いながら、リュカはブレスレットを取りナディアの右手首に着けた。シャランと音を鳴らして手首に馴染んだそれは、ナディアの白い肌によく映えた。

「思った通り、よく似合っています」
「ありがとうございます」

 以前のナディアなら、こんな高価なもの、と受け取ることを躊躇っていた。正直今でも一体リュカにどれだけ散財させているのかと思うと怖くなるナディアだったが、それよりも今はリュカがこうして自分の事を思って選び贈ってくれることが純粋に嬉しくてたまらない。

「大切にします。……あの、良ければこちらを」

 ナディアは足もとに置いていたカゴから少し大きめの封筒に入ったものをおずおずと差し出す。

「私に?」
「はい、こんな粗末なもので申し訳ありませんが、私からのプレゼントです……」

 流れるような所作で封筒から中身を取り出したリュカは、それをみて目を見開いた。

「これは、ナディアが?」
「は、はい……、裁縫はあまり得意ではないのですが、私に贈れるものはこの程度のものしかなくて申し訳ありません」

 それは、リュカのイニシャルを刺繍した白い絹のハンカチーフだった。いつも貰ってばかりのリュカに、何か少しでも返したいと思ったナディアが思いついたのがこれ。高価なものは買えるはずもないし、リュカは好きなものは自分で買うだろうし、と考えた挙句のプレゼント。

 たとえ、使われなくても良い。リュカのことを思って一針一針刺したこのハンカチーフは、お金では買えない世界に一つしかないハンカチーフ。心優しいリュカなら、きっと受け取ってくれるだろうとナディアは思い、決めたのだ。

「ナディ……ありがとうございます。今まで生きてきた中で、一番嬉しいプレゼントですーーーー」

 ふわりといつものシトラスに包み込まれた。
 抱きしめられる直前、リュカの喜んだ顔が見えてナディアは胸がいっぱいになる。

(こんなもので、こんなにも喜んでもらえるなんて)

「毎日使います。ーーあ、ちゃんと毎日洗濯しますよ」

 おどけて言うリュカに、ナディアから笑い声がこぼれる。

「ふふ。では、洗い替え用にもう1、2枚ご用意しますね」
「それはとても嬉しい申し出ですが」

 少し離れたリュカは、申し訳なさそうにナディアの手を取った。そして指先をいたわるように撫でる。

「私の大切なナディアにこれ以上傷ついては欲しくないので、遠慮しておきます」
「あっ…これは……」

 リュカのさするナディアの指先には、針の刺し傷がいくつもあった。

(恥ずかしい……っ)

「傷だらけになりながら私のために作ってくれたんですね。本当に、あなたと言う人はーーーー」
「あ、リュカさま、そ、そんな」

 ナディアの荒れた指先にリュカの口づけが落とされた。手を引っ込めようとしたが、それをリュカは許さない。何度も触れる柔らかなリュカのそれにナディアは目をぎゅっと瞑って耐えた。

「ナディ……。私だけの可愛いナディア」

 指先を彷徨っていたリュカの唇が、つぎにはナディアの唇にたどり着く。握られた手を引かれ、腰を抱き寄せられてさらに密着する体。
 ぎゅっと閉じた唇は、とうとう抗えずにリュカの舌を受け入れる。

「…んぁっ」

 鼻から抜ける甘い声に、リュカの理性が試される。いつも思う、このまま全てを食べてしまえたらどれほど幸せか、と。けれどそれはやはり出来ないリュカは、名残惜しくも唇を解放する。しかし、当のナディアは蕩けてしまいそうな艶っぽい眼差しをリュカに向けていた。

「……っ」
「んん、」

 ちぎれそうになる理性をどうにかつなぎ留めて、リュカは眼下の白い首筋に唇を押し付けた。強く吸えば、ほんのりと赤い花びらが咲く。やり方は聞いて知っていたが、試したことなど一度もなかったそれを見て、リュカは己が満たされていくのを感じていた。

 自分のもの、という(マーク)が、くっきりと目の前の愛しいナディアに刻まれている。

 数日もすれば消えてしまうとわかっていても、ナディアのすべてを手に入れられない今のリュカには充分だった。

「りゅ、リュカさま…」

 腕の中、逃れようと身をよじるナディアの耳元でささやく。

「ナディア、いつか、あなたのすべてを私にください」
「っーーーー」

 リュカは慌てふためくナディアを強く抱きしめたーーーー



 ……ーーーー馬車はいつの間にか停車していて、外では御者が一人寒空の下、声をかけるタイミングを見計らっていた。



クリスマスSS ー完ー