「と、突然何を…」
突然降ってきたリュカの言葉にナディアは振り向いた。
「ナディア…、その…」
リュカにしては珍しく歯切れの悪さに、ナディアは不思議そうな目を向ける。
「私に、痣を見せてくれませんか…?」
思いもよらない言葉に、顔を逸らしてしまった。心臓がドクンと飛び跳ねて、先ほどとは違う緊張で汗がにじむ手を握りしめた。
「…こ、こんな、醜い姿は…」
「誰が醜いと言ったのでしょう」
「それは…」
やっとのことで絞りだした訴えは、リュカに即座に論破される。
「私は、醜いなどとは思いません。あなたのそれは、まるで白磁にあしらわれた濃紺の薔薇のようでした。ーーナディア、私は、あなたの全てを知りたい」
歯の浮くようなセリフに、顔が熱を帯びる。決してそんな綺麗なものではないのに。
「それとも、私は見た目で人を判断するような低俗な輩だと思われているのでしょうか」
「…ずるいです、リュカさま…」
そんな風に言われてしまえば、拒めなくなるではないか。言葉に詰まるナディアに、リュカは続ける。
「あなたの、苦しみを分けてくれませんか?」
(苦しみ…?)
これが、苦しみなのだろうか、とナディアは自問した。
そして、リュカに言われて初めて、自分が苦しんでいることに、気がついた。
子どもの頃、ひどい言葉を浴びせられて以来、自分の心に居座っていたこの感情こそが、苦しみなのだ、と。
この痣が忌むべきもので醜いものだと、当たり前のように感じていたナディアは、自分が苦しんでいるということに気づけなかったのだろう。
「喜びはもちろん、悲しみや苦しみも分かち合って共に歩んでいく。恋人というのは、そういうものではありませんか?」
そして、目の前のリュカは、その苦しみを分かち合いたいと、それが恋人だ、と言っている。その意味を飲み込むのに、しばし時間がかかった。
契約の恋人であろうとも、それは有効なのだろうか、とこんな状況でもそんなことがナディアの頭を過ぎったが、それはどうにか飲み込む。
リュカがあまりにも、真剣だったから。
ナディアはこみ上げる嬉しさと、不安とで震える手を、仮面の紐に伸ばしゆっくりと引っ張る。
俯いていたナディアの鼻先を掠めて、仮面ははらりと落ちていった。