「おばさん、遅くなってごめん」

 店に入るなりナディアは精一杯声を低く作り、酒場の奥さんに声をかけた。

「あぁ、待ってたよ、これ1番に運んでおくれ」

 酒場はすでに人でにぎわっていた。
 厨房では、店主が腕を振るっている。
 カウンターから差し出された料理を言われたテーブルに運び、空いた皿を回収しながら戻れば次の料理がカウンターに置かれていた。

「おい、にいちゃん、こっちに酒持ってきてくれ」
「はい!ただいま!」

 ナディアは夜ここでアルバイトをしている。
 もちろん誰にも内緒だ。家族にさえも知らせていない。
 伯爵令嬢が夜に酒場でアルバイトなど、前代未聞。
 絶対誰にも知られてはいけないことだったが、ナディアは自信があった。
 普段仮面で顔を隠しているため、ナディアの顔を知る人は家族以外居ないのだ。だからバレるはずがないと確信があった。

 ここで少しでも小遣いを稼ぎ、その半分はもしもの時の蓄えに。
 そしてもう半分は、かわいい弟と妹のために食べ物などを買うお金に使っていた。町の人に貰ったと嘘をついて食べさせていた。

「おばさん、今日は忙しいね」
「ホント、今日はたんと稼がないとねぇ」

 次々に入る注文を捌き配膳や片付けをこなしていき、日付が変わる頃事件は起きた。