聞き間違えかと思った。開けられたドアから急いで出たリュカの目に映ったのは、馬にまたがったナディアの姿。よくリュカの馬車馬に構ったり、馬の話をよくするから好きなのだろうと思っていたけれど、乗れるとは知らなかった。しかも鞍もつけずに乗るとは、度肝を抜かれた。男装して酒場で働いたり、馬にまたがったり、目の前の愛しい人は本当にリュカを飽きさせない。

「お急ぎのところ、お止めして申し訳ございません」

 リュカの姿を捉えたナディアは、馬から降りて手綱を引いてリュカの方へ小走りに駆けてきた。リュカはそれを受け止めるように両肩を支えた。

 ひと月ぶりに見るナディアは、仮面にかかるくらいに少し前髪が伸びていつもより少し大人びて見えた。けど、変わらないその姿に、先ほどまでの靄がかかった気持ちや疲れが嘘のように消え去る。

「久しぶりですね、ナディア」

 口をついて出た言葉はリュカの意志に反して、そんな他愛もない挨拶。もっと言わなければならない言葉があるはずなのに、上手く言えなかった。そんなに息を切らして、慌てて追いかけてくれたその姿がただただ嬉しかった。

「こんなに、髪を乱して。あなたと言う人は」

 ナディアの栗色の髪を手櫛で整えてやると、俯いてしまった。きっと、はしたない姿をさらしてしまったとかなんとか思って後悔しているのだろう。

「急いで馬を駆けて、そんなに私に会いたかったんですか?」

 ナディアの口から言ってほしくて、少し意地悪を言った。

「…はい、お会いしたかったのです…とても…」

消え入るような声は、けれども確かにリュカの耳に届いた。まさか、本当に聞けるとは思ってもいなかった言葉に、リュカは固まる。返す言葉が見つからない。

「その、これ…」

 これ、とポケットから出てきた小箱は、先ほどリュカがナディアの母に預けてきたものだった。一瞬、またいつものように受け取れないと突き返されるのかと身構えたリュカにナディアは言う。

「こんな、大事なもの、私なんかが頂いていいのでしょうか…」

 ナディアの綺麗な指が、大切そうに小箱を撫でる。少なからず、拒まれたのではないとわかり、安堵の胸をなでおろした。

「もちろんです。ナディアに贈ったんです。着けずとも持っていてくれるだけで十分ですーーーーナディア、誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます、すごく、すごく嬉しいです…」
「喜んで貰えて、私も嬉しいです」

 小箱を胸に抱きしめるナディアの姿に、リュカはたまらず彼女を抱きすくめた。自分の送ったプレゼントを嬉しいと抱きしめる彼女が愛おしくてたまらない。

「ナディア…」
「は、はい」