次の日の朝、鏡を見たナディアは自分の顔の酷さにうんざりした。昨日、あれだけ泣いたのだから仕方無いのだけれど、とてもじゃないけど目も当てられない。この時ばかりは仮面があって良かったと思えた。

「おめでとう、ナディア」
「ねーね、おめでとー!」

 両親と可愛い兄妹から祝福の言葉とハグを貰い、幸せな気持ちになる。こんなに愛しい家族が居て、愛されていることは、幸せ以外の何物でもない。
 同時に、リュカのことを思った。自分の命と引き換えに母を亡くし、育ててくれた祖母と父ももう居ない。家族と呼べる者がおらず、一人なのだ。どれほど、寂しいことだろうか。リュカの気持ちを思うと、胸が苦しくなる。

「何か欲しいものは無いの?」

 朝食を食べながら、母が尋ねた。

「はい、特には困っておりません」

 例年だと、孤児院で入用なものなどをねだったりするのだが、今年はやはりリュカからの支援もあって事足りていた。

「美味しいごはんだけで十分です」

 申し訳なさそうな両親に、笑顔でそう言って自室へ戻り、ベッドに座った。ベッドサイドの引き出しから小瓶を取り出して鼻に近づければ、かすかにシトラスの香り。それとは別に、どこかで嗅いだことのある香りがするのだけど、思い出せない。

 ナディアは、香水をつけようかと思い、躊躇い、止めた。これが届いたあの日に一度つけただけで、もったいなくて使うのは憚られた。それにこの香りは、今の自分には辛いだけだ。もう一度引き出しにそっとしまった。

 たったひと月。
 こんなにも月日が経つのを長く感じたことはなかった。



「ナディア、おめでとう」
「おめでとうございます」
「おめでとう!これ少しだけど、貰ってちょうだい」

 少し休んだあと孤児院へと足を向けるナディアに、道行く町民たちがナディアに祝いの言葉やプレゼントを贈る。毎年の光景だった。本当に、自分にはもったいないくらい、優しい人たちに恵まれていると日々感じる。ナディアは一人ひとりにお礼を言って、ありがたく受け取りながら孤児院へと向かった。

「ナディア!おめでとう!」

 出迎えてくれたのは、アリス。お祝いのお礼と、昨日のお礼を言って挨拶のハグを交わした。

「そろそろかなって思ってたところ。みんな食堂にいるから行きましょう。もうおなかぺこぺこ」
「私も」

 食堂のドアを開けてくぐると、一斉に「ハッピーバースデー!ナディア!」とそろった声がナディアに降り注ぐ。子どもや院長、テオはもちろん、そこには今では馴染みとなったノアの顔もあった。
 そして、孤児院で祝福される誕生日は、いつも泣きそうになるくらい嬉しかった。ただ、今年は少し、というかだいぶ違う様子にナディアは目を丸くした。