いつものように、孤児院へ手伝いに行き子どもたちに文字を教える。いつもと変わらない日常が過ぎていく。ただそれだけの事で、気に留めることもないのに、ナディアはいつもと違う感情が自分の中にあることに気づく。
リュカに会いたい。
「公爵さまとはうまくいってるみたいでよかった」
「えっ…」
そんな風に言われたのは、アリスに詩を教えている時だった。テオが他の子どもに教えているため、二人は少し離れた地面に文字を書きながら話していた時に不意にアリスに言われて思わず身構えてしまう。リュカが孤児院に贈ってくれた紙とペンは、ここぞというときに使うようにしていた。
「顔に書いてあるもの」
「えぇっ?!」
「馬鹿ね、ものの例えよ」
頬を手で触りながら慌てるナディアに、アリスは笑う。それはもちろんわかっているのだけれど、自分はどんな顔をしているのかものすごく気になったし恥ずかしい。ナディアは、ライアンのことやノアのこと、ピクニックでの出来事などをかいつまんでアリスに話した。
「なるほど、公爵さまの愛は深いわね」
「愛なんて、そんなんじゃないわ」
「じゃぁ、なに?」
そう問われてナディアは考え込んでしまった。リュカのナディアに対する優しさがなんなのか、正直ナディアにはさっぱりわからなかったから。見目麗しく地位もある雲の上のような存在のリュカが一体全体どうして自分のような「訳アリ」に手を出すのか。いくら、女除けと言われても、腑に落ちないところはあった。それでも、やはり自分のような一般人にリュカを理解することなど無理だと端から諦めていた。
「それが愛じゃないのなら一体何が愛なのかしらねぇ」
「だって…、公爵さまが私を好きになるなんて、あり得ないもの」
アリスはあきれた様子でまた詩を書き出した。地面になぞられていく文字の羅列を眺めながら、考える。そう、あり得ない。自分は、リュカの気まぐれに付き合うしかないのだ。ただ、求められるうちは自分が出来ることを精一杯やろうと心に決めたばかりではないか。
「おい、ナディア。お前に来客だぞ」
テオに呼ばれて振り向いた先、門のところに知った顔が立っていた。
「誰だあのボンボン」
「ノアさま…」
「あれが噂の…」
どうせもう会うことはないだろうと思っていたノアの登場に少し戸惑いつつも、無視はできないので歩を進める。目の前まで来るとノアは「やぁ」と片手を挙げた。太陽の下、深いブラウンの髪が光りを反射していつもよりとても明るく見えた。
「ノアさま、どうしてこちらに」
「友達に会いに」
満面の笑みで言われてナディアは固まる。この間のあれは本気だったんだ、と驚いた。人懐っこい二重の瞳はナディアだけを捉えていて、ノアの言う「友達」は言わずもがな自分なのだろうとさすがのナディアでも理解した。
「何してたの?」
「あ、子どもたちに文字を教えていました」
「へぇ、楽しそう!僕も一緒に良い?」
「え、あ、はい、構いませんが…」
断る理由もなく、OKするとノアは嬉しそうにみんなのもとへかけていった。こちらを見ていたテオとアリスに挨拶を済ませると、文字を書いている子どものそばにしゃがんでその屈託のない笑顔で話しかけていた。
「こんにちは」
「お兄ちゃんだれ」
「ナディアの友達。ノアって呼んで。君は?」
あっという間に子どもたちの中に溶け込んでいる。
「生粋のお坊ちゃまタイプだね」
アリスがノアの佇まいを見て納得したように言った。
「う、うん…、公爵子息さまらしい」
「公爵子息とどこで知り合ったんだ?」
「えっと…」
テオはまだリュカとのことを知らなかったのを思い出す。そろそろ潮時かもれないと、テオにも打ち明けることにした。テオのことを信じていないわけではないが、この場にノアもいたので念のため「役」ということは伏せておいた。
「はぁ?あのベルナール公爵さまと、お前が?」
(その驚きはごもっとも)
心の中で同意しながらナディアは頷く。
「はぁー、いつの間にかすごいことになってるな。お兄ちゃんは心配だよ」
「ふふ、お兄ちゃんて」
「大丈夫よ、テオ。公爵さまは、ナディアにはとぉ~っても優しいから安心して」
「うーん、そう言われてもなんだかなぁ」
「もう、テオったら相変わらず心配性ね」
「テオはナディアが可愛くて可愛くて仕方ないのよ」
「そりゃぁ、アリス、ナディアは子どもの頃から一緒に育った妹みたいなもんだからなぁ」
「ご心配ありがとうございます、お兄さま」
「どういたしまして、妹よ」
3人で笑いこけていると、子どもたちから勉強の続きをせがまれてしまった。それぞれ子どもたちに手を引かれて地面に書かれた文字に向き合って、笑い声の絶えない穏やかな時間が流れていった。
リュカに会いたい。
「公爵さまとはうまくいってるみたいでよかった」
「えっ…」
そんな風に言われたのは、アリスに詩を教えている時だった。テオが他の子どもに教えているため、二人は少し離れた地面に文字を書きながら話していた時に不意にアリスに言われて思わず身構えてしまう。リュカが孤児院に贈ってくれた紙とペンは、ここぞというときに使うようにしていた。
「顔に書いてあるもの」
「えぇっ?!」
「馬鹿ね、ものの例えよ」
頬を手で触りながら慌てるナディアに、アリスは笑う。それはもちろんわかっているのだけれど、自分はどんな顔をしているのかものすごく気になったし恥ずかしい。ナディアは、ライアンのことやノアのこと、ピクニックでの出来事などをかいつまんでアリスに話した。
「なるほど、公爵さまの愛は深いわね」
「愛なんて、そんなんじゃないわ」
「じゃぁ、なに?」
そう問われてナディアは考え込んでしまった。リュカのナディアに対する優しさがなんなのか、正直ナディアにはさっぱりわからなかったから。見目麗しく地位もある雲の上のような存在のリュカが一体全体どうして自分のような「訳アリ」に手を出すのか。いくら、女除けと言われても、腑に落ちないところはあった。それでも、やはり自分のような一般人にリュカを理解することなど無理だと端から諦めていた。
「それが愛じゃないのなら一体何が愛なのかしらねぇ」
「だって…、公爵さまが私を好きになるなんて、あり得ないもの」
アリスはあきれた様子でまた詩を書き出した。地面になぞられていく文字の羅列を眺めながら、考える。そう、あり得ない。自分は、リュカの気まぐれに付き合うしかないのだ。ただ、求められるうちは自分が出来ることを精一杯やろうと心に決めたばかりではないか。
「おい、ナディア。お前に来客だぞ」
テオに呼ばれて振り向いた先、門のところに知った顔が立っていた。
「誰だあのボンボン」
「ノアさま…」
「あれが噂の…」
どうせもう会うことはないだろうと思っていたノアの登場に少し戸惑いつつも、無視はできないので歩を進める。目の前まで来るとノアは「やぁ」と片手を挙げた。太陽の下、深いブラウンの髪が光りを反射していつもよりとても明るく見えた。
「ノアさま、どうしてこちらに」
「友達に会いに」
満面の笑みで言われてナディアは固まる。この間のあれは本気だったんだ、と驚いた。人懐っこい二重の瞳はナディアだけを捉えていて、ノアの言う「友達」は言わずもがな自分なのだろうとさすがのナディアでも理解した。
「何してたの?」
「あ、子どもたちに文字を教えていました」
「へぇ、楽しそう!僕も一緒に良い?」
「え、あ、はい、構いませんが…」
断る理由もなく、OKするとノアは嬉しそうにみんなのもとへかけていった。こちらを見ていたテオとアリスに挨拶を済ませると、文字を書いている子どものそばにしゃがんでその屈託のない笑顔で話しかけていた。
「こんにちは」
「お兄ちゃんだれ」
「ナディアの友達。ノアって呼んで。君は?」
あっという間に子どもたちの中に溶け込んでいる。
「生粋のお坊ちゃまタイプだね」
アリスがノアの佇まいを見て納得したように言った。
「う、うん…、公爵子息さまらしい」
「公爵子息とどこで知り合ったんだ?」
「えっと…」
テオはまだリュカとのことを知らなかったのを思い出す。そろそろ潮時かもれないと、テオにも打ち明けることにした。テオのことを信じていないわけではないが、この場にノアもいたので念のため「役」ということは伏せておいた。
「はぁ?あのベルナール公爵さまと、お前が?」
(その驚きはごもっとも)
心の中で同意しながらナディアは頷く。
「はぁー、いつの間にかすごいことになってるな。お兄ちゃんは心配だよ」
「ふふ、お兄ちゃんて」
「大丈夫よ、テオ。公爵さまは、ナディアにはとぉ~っても優しいから安心して」
「うーん、そう言われてもなんだかなぁ」
「もう、テオったら相変わらず心配性ね」
「テオはナディアが可愛くて可愛くて仕方ないのよ」
「そりゃぁ、アリス、ナディアは子どもの頃から一緒に育った妹みたいなもんだからなぁ」
「ご心配ありがとうございます、お兄さま」
「どういたしまして、妹よ」
3人で笑いこけていると、子どもたちから勉強の続きをせがまれてしまった。それぞれ子どもたちに手を引かれて地面に書かれた文字に向き合って、笑い声の絶えない穏やかな時間が流れていった。