「僕と友達になってくれないかな」
「と、ともだち・・・ですか?」

 こういう時、どうするのが正解なのだろう。考えたけれど、今までろくな人間関係を築いてこなかったナディアにわかるはずもない。

「いや?」
「そんなことは、決して」
「じゃぁ、決まり!」

 ぱあぁ、と雲がひけるようにノアの顔から翳りが消え去って、満面の笑みになった。晴天の空に輝く太陽のようにまぶしい。この人も、自分とは別世界の人間なのだ。なのに、どうしてこんな自分に関わってくるのか、不思議だった。

「ありがとう、ナディア。嬉しいよ」

 ノアは言葉の通り嬉しそうに、ナディアの両手を取り握った。あまりに急なことで、びっくりして言葉も出ない。

「ーーーーナディア」

 艶のある聞きなれた声に、ハッとして思わず手を引っ込めて振り返るとそこにリュカが立っていた。いつから居たのだろう、両腕を前で組んで立つその姿はとても不機嫌なオーラに満ちていた。

「公爵さま、すみません、お待たせしてしまいましたか」
「いえ、私が少し早く来てしまいました。それより、どうして小童(こわっぱ)がここに居るんですか」

(今、何と?こわっぱって言った?!)

 自分の聞き間違えだろうか、とリュカの口からでた言葉に耳を疑う。

「あ、えと、ノアさまはこの前のパーティでのことを謝罪に来てくださったのです」

 冷たい視線がノアに送られる。

「公爵さまにも、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
「貴公に謝罪される謂れはない。申し訳ないと思っているなら金輪際ナディアに関わらないでもらいたい」

 その厳しい言葉とは反対にリュカはナディアの肩を優しく引き寄せると「さぁ、行きましょう」と歩を促す。踵を返した2人の背に、ノアの叫びのような言葉が届いた。

「そ、それは、できません。友達なので!」

 足を止めて、顔だけ振り向くリュカはノアを一瞥してからその視線をナディアへと向けた。説明しろとでも言いたげな目に、ナディアは心臓が縮こまる。

「友達になって欲しいと・・・言われまして・・・」
「もうナディアの承諾は貰いましたので」

 先手を打つようなノアの言葉を聞いて、またナディアを見るリュカ。今度は本当なのかと問うているようだ。ナディアはなんだか申し訳なく思いながらもこくりと頷く。でも、公爵子息からの申し出を無下にできないことも少しは、ほんの少しでいいから理解して貰いたい。

「マルティネス公爵子息」
「ノアです」
「君の婚約者がナディアに何をしようとしたか見ていただろう」
「ローズは関係ありません」
「君が関係ないと思っていても、向こうはそうは思っていない。ナディアのことを思うのなら身を引け」
「嫌です。ナディアの婚約者でもないあなたに僕とのことをとやかく言われたくありません」

 ヒートアップする2人の会話。

(このままでは、いけない・・・)

「の、ノアさまっ、申し訳ありませんが、この後公爵さまと約束がありますので、今日のところはお引き取りくださいませ。では、私たちはこれで失礼しますっ」

 ぺこりと頭を下げて、ナディアは狼狽えるリュカの体を両手で押しながら家の方へと一目散に走った。門に置かれたリュカの馬車の横をすり抜けてそのまま家の中までリュカを押し込めた。

「ナディ」
「申し訳ありません、お話の途中で強引に・・・」

 閉じた玄関ドアに寄りかかるナディアの両手をリュカは優しく握った。

「私はあなたが心配なのです」
「ご心配ありがとうございます。でも、私なら大丈夫です。ノアさまも、私と友達になろうなどただの気まぐれです」

 ノアは明日には自分のことなど忘れているに違いないから大丈夫、と言い聞かせる。

「そうは思えませんが・・・」
「公爵さまは心配しすぎです」
「心配くらいさせてください」

 握られていた手を引き寄せられたかと思うと、リュカの腕の中にすっぽりと収まってしまった。久しぶりのシトラスが心地よく心に染みて、気分が落ち着いていく。リュカの腕の中が安心できるほどに慣れてきていた。教えられたように両腕をリュカの広い背中に回して、身を任せて寄りかかって目を閉じた。

「あーー!ねーねとリュカがいちゃついてる!」