「遅くなってしまいました」
ナディアは、急いでいた。孤児院での手伝いに思いのほか時間を取られてしまった。院長に挨拶をして孤児院を出ると、朝来た時と同じ道を足早に戻る。今日は、待ちに待ったリュカとの約束の日だ。お昼前にリュカがナディアの家に来る約束になっていた。今日はいつもより早起きをしてパンもたくさん焼いてランチの準備をしてから孤児院へ向かった。すると、アーチュウが熱で寝込んでいると聞いて、パンがゆを作って食べさせたりと看病していたら遅くなってしまったのだ。
しかし、急ぐナディアの前に、その人は突然現れた。
「やぁ、ナディア。また会えたね」
予想だにしていない人物の登場に、ナディアは固まる。どうして、この人がここにいるのだろうか。
「あれ、もしかして忘れられちゃったかな・・・?」
「あ、いえ・・・、覚えております、ノアさま」
ナディアの言葉にノアは安心したように「良かった」と言い、深いブラウンの髪をかきあげて笑った。月のように儚げな雰囲気のリュカに対してノアは例えるならば太陽。擦れたところのない朗らかな笑顔は、周りを明るく照らすようだった。
「これからどこかに行くところ?」
「いえ、家に帰るところです」
「そっか、少し話がしたいんだけど・・・僕も一緒に行っていいかな」
タイミングが悪いな、と思いながらもナディアは仕方なく首を縦に振る。家に着くまでなら問題ないだろう。
「少し歩きますが構いませんか?」
「もちろんだよ」
少し早めに歩を進めたナディアにノアも並んで隣を歩きだした。どうやってここまで来たのだろう、周りに馬車や馬は見当たらなかった。すこし逡巡したのち、先に口を開いたのはノア。
「この前のパーティでのこと、ごめん。僕のせいでローズが君にひどいことをした。そして僕は止められなかった。本当にごめん」
いきなり立ち止まって頭を下げるノアに、ナディアも足を止めて向き合った。ナディアよりも家格の高い公爵子息のノアに頭を下げられては困惑してしまう。
「そんな、顔をあげてください。ノアさまが謝ることは何も・・・」
わざわざ謝るためにこんな僻地にやってきてくれたのだろうか。何とか顔を上げたノアが心底申し訳なさそうな顔をしているところを見るとそうなのだろう。
「ナディアがどこの令嬢なのか、聞き損ねて。ローズに聞いてもどうせ教えてくれないだろうから、調べるのに時間がかかっちゃって、謝るのが遅くなって、それもごめん」
「あの、本当に私は大丈夫ですから、気にしないでください。ーーーーでも、ありがとうございます」
ナディアからの感謝の言葉が理解できないのか、きょとんとした顔のノアに続けた。
「こうしてたった一度会っただけの私のことを気にかけて、わざわざこんな所まで来てくださりありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」
「ーーーーよかったぁ・・・・、もう顔も見たくないとか言われたらどうしようかと思った・・・・ほんとありがとう」
「そんな、大袈裟です」
2人で笑って、また並んで歩き出す。夏が終わり秋が深まる9月の終わり、あんなに青々と茂っていた木々の葉はすっかり色を変えていた。
「ベルナール公爵の恋人って、本当なの?」
どきり、と心臓が跳ね上がった。
「はい」
動揺を隠すように短く答えると、「そっか」とだけ返ってきた。今まで、こんな風に聞かれたことがなかったから実感が伴わなかったけれど、恋人役を務める以上嘘をつかなくてはいけないということにほんの少し良心の呵責がある。なんとなく気まずさが漂う中、街並みを眺めながらいつもの道を歩けば家の屋根が見えてきた。
「ーーーでは、私はこれで失礼します」
もう会うことは無いだろうノアにお辞儀をしてから背を向けて先を急ぐと声が追いかけてきた。
「あ、あのさ!」
返事の代わりにもう一度振り返ると、アイリス色の瞳がまっすぐナディアを見つめていた。その瞳に必死さが見て取れて、振り切れない。どんな顔をすれば良いのかわからなかった。
ナディアは、急いでいた。孤児院での手伝いに思いのほか時間を取られてしまった。院長に挨拶をして孤児院を出ると、朝来た時と同じ道を足早に戻る。今日は、待ちに待ったリュカとの約束の日だ。お昼前にリュカがナディアの家に来る約束になっていた。今日はいつもより早起きをしてパンもたくさん焼いてランチの準備をしてから孤児院へ向かった。すると、アーチュウが熱で寝込んでいると聞いて、パンがゆを作って食べさせたりと看病していたら遅くなってしまったのだ。
しかし、急ぐナディアの前に、その人は突然現れた。
「やぁ、ナディア。また会えたね」
予想だにしていない人物の登場に、ナディアは固まる。どうして、この人がここにいるのだろうか。
「あれ、もしかして忘れられちゃったかな・・・?」
「あ、いえ・・・、覚えております、ノアさま」
ナディアの言葉にノアは安心したように「良かった」と言い、深いブラウンの髪をかきあげて笑った。月のように儚げな雰囲気のリュカに対してノアは例えるならば太陽。擦れたところのない朗らかな笑顔は、周りを明るく照らすようだった。
「これからどこかに行くところ?」
「いえ、家に帰るところです」
「そっか、少し話がしたいんだけど・・・僕も一緒に行っていいかな」
タイミングが悪いな、と思いながらもナディアは仕方なく首を縦に振る。家に着くまでなら問題ないだろう。
「少し歩きますが構いませんか?」
「もちろんだよ」
少し早めに歩を進めたナディアにノアも並んで隣を歩きだした。どうやってここまで来たのだろう、周りに馬車や馬は見当たらなかった。すこし逡巡したのち、先に口を開いたのはノア。
「この前のパーティでのこと、ごめん。僕のせいでローズが君にひどいことをした。そして僕は止められなかった。本当にごめん」
いきなり立ち止まって頭を下げるノアに、ナディアも足を止めて向き合った。ナディアよりも家格の高い公爵子息のノアに頭を下げられては困惑してしまう。
「そんな、顔をあげてください。ノアさまが謝ることは何も・・・」
わざわざ謝るためにこんな僻地にやってきてくれたのだろうか。何とか顔を上げたノアが心底申し訳なさそうな顔をしているところを見るとそうなのだろう。
「ナディアがどこの令嬢なのか、聞き損ねて。ローズに聞いてもどうせ教えてくれないだろうから、調べるのに時間がかかっちゃって、謝るのが遅くなって、それもごめん」
「あの、本当に私は大丈夫ですから、気にしないでください。ーーーーでも、ありがとうございます」
ナディアからの感謝の言葉が理解できないのか、きょとんとした顔のノアに続けた。
「こうしてたった一度会っただけの私のことを気にかけて、わざわざこんな所まで来てくださりありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」
「ーーーーよかったぁ・・・・、もう顔も見たくないとか言われたらどうしようかと思った・・・・ほんとありがとう」
「そんな、大袈裟です」
2人で笑って、また並んで歩き出す。夏が終わり秋が深まる9月の終わり、あんなに青々と茂っていた木々の葉はすっかり色を変えていた。
「ベルナール公爵の恋人って、本当なの?」
どきり、と心臓が跳ね上がった。
「はい」
動揺を隠すように短く答えると、「そっか」とだけ返ってきた。今まで、こんな風に聞かれたことがなかったから実感が伴わなかったけれど、恋人役を務める以上嘘をつかなくてはいけないということにほんの少し良心の呵責がある。なんとなく気まずさが漂う中、街並みを眺めながらいつもの道を歩けば家の屋根が見えてきた。
「ーーーでは、私はこれで失礼します」
もう会うことは無いだろうノアにお辞儀をしてから背を向けて先を急ぐと声が追いかけてきた。
「あ、あのさ!」
返事の代わりにもう一度振り返ると、アイリス色の瞳がまっすぐナディアを見つめていた。その瞳に必死さが見て取れて、振り切れない。どんな顔をすれば良いのかわからなかった。