◇◇◇
馬車が見えなくなってようやくリュカは踵を返し、屋敷へと足を進める。それもつかの間、数歩歩いたところで足を止めた。口を手で覆い隠し、立ち尽くしてしまった。
「反則です」
顔が熱い。こんな顔で今ライアンのもとに戻ったら何を言われるかわからない。しばらく風に当たって、ほてる頬を冷ますことにした。けれども、別れ際に小窓から見せた満面の笑みが頭から離れない。仮面で隠れて目元が見えなくともわかるほどの穏やかな笑みは、出会ってから初めて見せてくれたものだった。だんだんと、笑ってくれることが増えたのはいい傾向といって良いだろう。少しずつ、心を開いてくれている事はリュカにもわかった。
「待ちくたびれたよ、リュカ」
中庭の広間に戻ると、不機嫌そうなライアンが出された菓子をつまみながら待っていた。「何してたのさ」とにやけるライアンの隣に座った。
「少し風に当たっていました」
使用人が新しく入れた紅茶を口に運んで、仕事の段取りを頭の中で考えていた。最短で終わらせよう。明日にでもナディアに会える日を伝えようか、いや、それだとがっついていると思われてしまうかもしれないから明後日にしようか。そんな風に考えている自分にリュカは驚いた。相手にどう思われるかなど、気にしたことなど今まで無かったのに、こと相手がナディアとなると一番に彼女の目に映る自分がものすごく気になってしまうのだ。
「恋は盲目。よく言ったものだね」
胸の内を見透かされたような言葉にドキリとするが、表には出すまいかと平静を装う。ライアンを見れば、向こうもにやにやと横目でリュカを見ていた。聡明な顔が台無しだ。
「それで、話は聞けたんでしょうね?」
今日ライアンにナディアを会わせたのは他でもない、ナディアの気持ちを聞くためだった。ライアンに頼る形になったのは癪だけれど。
「彼女、噂通りの美少女でびっくりしたー。仮面つけてても全然隠しきれてないし。あれでなんで騒がれてないのかが謎」
「社交の場に全く出ないからでしょうね」
「良い掘り出し物みつけたねぇ」
「ナディアを物のように言わないでください」
「仮面を奪い取りたい衝動に駆られるよね」
「ライアン」
たしなめるように言えば、「はいはい」と両手を挙げておどけて見せる。
(この男は、昔からこうだ)
人の事をおちょくって楽しんでいる。
子どもの頃、リュカが複数の女子にもみくちゃにされている時だって助けに入るなり人を呼ぶなりしてくれれば良いものを、遠くで腹を抱えて笑っているだけだった。
「ナディアは子どもの頃、痣を隠していなかった時から美少女だと周りに騒がれていた事もあったようですが、それが気に入らなかった同じ女学校に通っていたジラール公爵令嬢が穢れだのや呪いだのといわれのない噂を広めたせいで学校にもいけなくなり、それ以来公の場に顔を見せることはなくなったそうです」
馬車が見えなくなってようやくリュカは踵を返し、屋敷へと足を進める。それもつかの間、数歩歩いたところで足を止めた。口を手で覆い隠し、立ち尽くしてしまった。
「反則です」
顔が熱い。こんな顔で今ライアンのもとに戻ったら何を言われるかわからない。しばらく風に当たって、ほてる頬を冷ますことにした。けれども、別れ際に小窓から見せた満面の笑みが頭から離れない。仮面で隠れて目元が見えなくともわかるほどの穏やかな笑みは、出会ってから初めて見せてくれたものだった。だんだんと、笑ってくれることが増えたのはいい傾向といって良いだろう。少しずつ、心を開いてくれている事はリュカにもわかった。
「待ちくたびれたよ、リュカ」
中庭の広間に戻ると、不機嫌そうなライアンが出された菓子をつまみながら待っていた。「何してたのさ」とにやけるライアンの隣に座った。
「少し風に当たっていました」
使用人が新しく入れた紅茶を口に運んで、仕事の段取りを頭の中で考えていた。最短で終わらせよう。明日にでもナディアに会える日を伝えようか、いや、それだとがっついていると思われてしまうかもしれないから明後日にしようか。そんな風に考えている自分にリュカは驚いた。相手にどう思われるかなど、気にしたことなど今まで無かったのに、こと相手がナディアとなると一番に彼女の目に映る自分がものすごく気になってしまうのだ。
「恋は盲目。よく言ったものだね」
胸の内を見透かされたような言葉にドキリとするが、表には出すまいかと平静を装う。ライアンを見れば、向こうもにやにやと横目でリュカを見ていた。聡明な顔が台無しだ。
「それで、話は聞けたんでしょうね?」
今日ライアンにナディアを会わせたのは他でもない、ナディアの気持ちを聞くためだった。ライアンに頼る形になったのは癪だけれど。
「彼女、噂通りの美少女でびっくりしたー。仮面つけてても全然隠しきれてないし。あれでなんで騒がれてないのかが謎」
「社交の場に全く出ないからでしょうね」
「良い掘り出し物みつけたねぇ」
「ナディアを物のように言わないでください」
「仮面を奪い取りたい衝動に駆られるよね」
「ライアン」
たしなめるように言えば、「はいはい」と両手を挙げておどけて見せる。
(この男は、昔からこうだ)
人の事をおちょくって楽しんでいる。
子どもの頃、リュカが複数の女子にもみくちゃにされている時だって助けに入るなり人を呼ぶなりしてくれれば良いものを、遠くで腹を抱えて笑っているだけだった。
「ナディアは子どもの頃、痣を隠していなかった時から美少女だと周りに騒がれていた事もあったようですが、それが気に入らなかった同じ女学校に通っていたジラール公爵令嬢が穢れだのや呪いだのといわれのない噂を広めたせいで学校にもいけなくなり、それ以来公の場に顔を見せることはなくなったそうです」