手をつないだだけで頬を染めるナディアにリュカが言った。
慣れるなんて無理な話だった。
「無理ですそんな・・・。公爵さまが慣れすぎなんです・・・」
「そんなことはありませんよ。女性の手をこんな風に握ったのも・・・、握りたいと思ったのも初めてです」
絶対うそ。
「信じていませんね。その顔は。私をなんだと思ってるんですか」
社交界一の色男です、と言いそうになるのをなんとか堪えて愛想笑いで返しておいた。
「笑顔ではぐらかそうとしてもダメです、許してあげません」
にやり、と不敵な笑みのリュカが近づいてくる。そんな不敵に笑う顔すらも艶っぽいのだから参ってしまう。
「いちゃついてるところ、ごめんね~」
唇が重なるその直前、突如部屋に響いた声に驚いてナディアはばっとリュカから離れた。
声の方を見ると、黒髪の青年が開いたドアに寄りかかってこちらを見ていた。
一体いつからいたのだろうか、とナディアはまた顔を赤く染める。
リュカは「はぁ」とあからさまに大きなため息をついて頭を抱えていた。
「あの、あちらの方は・・・」
「すっかり忘れていました。ライアン、勝手に屋敷に入ってくるのは関心しませんね」
「僕とリュカの仲じゃないか。それよりそれより!君が仮面の君のナディアちゃんだね?」
ライアンは、突進してくるんじゃないかと思うほど一直線にかけてきた。慌てて立ち上がって挨拶するナディアの両手を取ると、手の甲にキスの挨拶を落とす。少しかがんだ拍子にゆるく束ねられたストレートの黒髪が肩からはらりと滑り落ちた。なんて美しい黒髪だろうか。ナディアは一瞬見惚れてしまった。
「初めまして、ナディアちゃん、僕はライアン。お目にかかれて光栄だよ」
「え、あ、こちらこそお会いできて光栄です、ライアンさま」
「ーーーーライアン」
ずい、とナディアとライアンの間に体を滑り込ませたリュカは、不機嫌そうにライアンを見下ろした。
「なんだよー、挨拶くらいいいだろ。リュカ、嫉妬深い男はみっともないよ?」
「なっ・・・」
「さぁさぁ、立ち話もなんだし。こんなヤキモチ男は放っておいて座ろう座ろう」
にこにことさわやかな笑顔でリュカにずけずけとものをいう人間を、ナディアは初めて見た。
あっけに取られているナディアを、ライアンはソファに座らせる。
テーブルの上のベルを鳴らして使用人を呼びつけると、自分の分のお茶とお菓子を用意しろと命じていた。
「ナディアちゃん、リュカにやなことされてない?」
「えっと・・・」
「大丈夫、君が無理やり恋人役をやらされてることはリュカに聞いて知っている。だから困ったことがあったらいつでも相談に乗るよ」
「え、あ、はい・・・」
恋人役の事まで知っているとは予想外のことで、あまりの展開についていけないナディア。ちらりとリュカに目をやると、なんとなく気まずそうに目をそらされてしまった。ご機嫌斜めのようだ。
「えっと、お二人は、仲がとてもよろしいのですね?」
「良くないです」
むすっとしながらそう応えてリュカはナディアの隣にドスンと座る。カーブが美しい曲線を描く背もたれのソファで、ライアンとリュカの間に挟まれる形となったナディアはなんだかとても居心地が悪い。
「腐れ縁ってやつでね。子どもの頃からずっと一緒だったから、リュカの事ならなんでも知ってるよー。3歳になってもおねしょしてた事とか、自分より可愛いからヤダって振られた初恋とか」
「ライアン、帰りたいようですね」
ギロリと横目で睨みつけるリュカの眉間には青筋まで浮かんでいる。こんなに感情をむき出しにしているリュカが新鮮過ぎて、笑いがこみあげてきてしまった。
「ナディアまで・・・、笑うなんてあんまりです」
「も、申し訳ありません・・・・その、違うんです、おねしょや失恋に笑ったのではなく・・・、こんなに感情を露わにしている公爵さまがとても新鮮で」
「私を神の子とでも思ってるんですか?・・・はぁ、少し頭を冷やしてきます。ライアン、くれぐれもナディアに触らないように、いいですね」
「はーい」
ライアンの返事を確認してから、リュカはどこかに行ってしまった。
「怒らせてしまったでしょうか・・・」
「大丈夫大丈夫。こんなことで怒るリュカじゃないよ」
そう言うライアンのまなざしには、優しさが見て取れた。
「リュカは人前だといっつも猫かぶってるからねぇ。よく冷たいとか言われがちだけど」
「公爵さまは、冷たくなんかありませんよ。・・・とても優しいし、人の気持ちのわかるお方です。いつも私ばかりか、私の家族や孤児院にまでとても良くして下さって・・・、本当に思いやりに溢れたお方です、公爵さまは」
「ーーー合格」
「え?」
なんのことだろうか。見上げたライアンは、黒曜石のような深い漆黒の瞳を細めて嬉しそうにナディアを見つめていた。
なんというか、この人もリュカと同じ匂いがする。その整った顔と色気で、きっとたくさんの女性を泣かせてきたことだろう。
「リュカのことよろしくね、ナディアちゃん」
「いえ、あの・・・、ご存じの通り私はただの女除けですので」
「そんな冷たいこと言わないで~」
「あ、お勤めはしっかり果たしますので、ご心配は無用です!」
「あはは、噂通りのつわものだ」
「それよりも、子どもの頃の公爵さまは、どんな感じだったのかお聞かせ頂けませんか?」
「良いよいいよ~、何から聞きたい?初恋の話?それとも女の子たちがリュカを取り合って大騒ぎになった話?」
リュカの子どもの頃の話に花を咲かせていると、もどってきたリュカも加わり、仕返しのようにライアンの子どもの頃の話をつらつらと語りだし、とてもにぎやかな時が過ぎていった。
慣れるなんて無理な話だった。
「無理ですそんな・・・。公爵さまが慣れすぎなんです・・・」
「そんなことはありませんよ。女性の手をこんな風に握ったのも・・・、握りたいと思ったのも初めてです」
絶対うそ。
「信じていませんね。その顔は。私をなんだと思ってるんですか」
社交界一の色男です、と言いそうになるのをなんとか堪えて愛想笑いで返しておいた。
「笑顔ではぐらかそうとしてもダメです、許してあげません」
にやり、と不敵な笑みのリュカが近づいてくる。そんな不敵に笑う顔すらも艶っぽいのだから参ってしまう。
「いちゃついてるところ、ごめんね~」
唇が重なるその直前、突如部屋に響いた声に驚いてナディアはばっとリュカから離れた。
声の方を見ると、黒髪の青年が開いたドアに寄りかかってこちらを見ていた。
一体いつからいたのだろうか、とナディアはまた顔を赤く染める。
リュカは「はぁ」とあからさまに大きなため息をついて頭を抱えていた。
「あの、あちらの方は・・・」
「すっかり忘れていました。ライアン、勝手に屋敷に入ってくるのは関心しませんね」
「僕とリュカの仲じゃないか。それよりそれより!君が仮面の君のナディアちゃんだね?」
ライアンは、突進してくるんじゃないかと思うほど一直線にかけてきた。慌てて立ち上がって挨拶するナディアの両手を取ると、手の甲にキスの挨拶を落とす。少しかがんだ拍子にゆるく束ねられたストレートの黒髪が肩からはらりと滑り落ちた。なんて美しい黒髪だろうか。ナディアは一瞬見惚れてしまった。
「初めまして、ナディアちゃん、僕はライアン。お目にかかれて光栄だよ」
「え、あ、こちらこそお会いできて光栄です、ライアンさま」
「ーーーーライアン」
ずい、とナディアとライアンの間に体を滑り込ませたリュカは、不機嫌そうにライアンを見下ろした。
「なんだよー、挨拶くらいいいだろ。リュカ、嫉妬深い男はみっともないよ?」
「なっ・・・」
「さぁさぁ、立ち話もなんだし。こんなヤキモチ男は放っておいて座ろう座ろう」
にこにことさわやかな笑顔でリュカにずけずけとものをいう人間を、ナディアは初めて見た。
あっけに取られているナディアを、ライアンはソファに座らせる。
テーブルの上のベルを鳴らして使用人を呼びつけると、自分の分のお茶とお菓子を用意しろと命じていた。
「ナディアちゃん、リュカにやなことされてない?」
「えっと・・・」
「大丈夫、君が無理やり恋人役をやらされてることはリュカに聞いて知っている。だから困ったことがあったらいつでも相談に乗るよ」
「え、あ、はい・・・」
恋人役の事まで知っているとは予想外のことで、あまりの展開についていけないナディア。ちらりとリュカに目をやると、なんとなく気まずそうに目をそらされてしまった。ご機嫌斜めのようだ。
「えっと、お二人は、仲がとてもよろしいのですね?」
「良くないです」
むすっとしながらそう応えてリュカはナディアの隣にドスンと座る。カーブが美しい曲線を描く背もたれのソファで、ライアンとリュカの間に挟まれる形となったナディアはなんだかとても居心地が悪い。
「腐れ縁ってやつでね。子どもの頃からずっと一緒だったから、リュカの事ならなんでも知ってるよー。3歳になってもおねしょしてた事とか、自分より可愛いからヤダって振られた初恋とか」
「ライアン、帰りたいようですね」
ギロリと横目で睨みつけるリュカの眉間には青筋まで浮かんでいる。こんなに感情をむき出しにしているリュカが新鮮過ぎて、笑いがこみあげてきてしまった。
「ナディアまで・・・、笑うなんてあんまりです」
「も、申し訳ありません・・・・その、違うんです、おねしょや失恋に笑ったのではなく・・・、こんなに感情を露わにしている公爵さまがとても新鮮で」
「私を神の子とでも思ってるんですか?・・・はぁ、少し頭を冷やしてきます。ライアン、くれぐれもナディアに触らないように、いいですね」
「はーい」
ライアンの返事を確認してから、リュカはどこかに行ってしまった。
「怒らせてしまったでしょうか・・・」
「大丈夫大丈夫。こんなことで怒るリュカじゃないよ」
そう言うライアンのまなざしには、優しさが見て取れた。
「リュカは人前だといっつも猫かぶってるからねぇ。よく冷たいとか言われがちだけど」
「公爵さまは、冷たくなんかありませんよ。・・・とても優しいし、人の気持ちのわかるお方です。いつも私ばかりか、私の家族や孤児院にまでとても良くして下さって・・・、本当に思いやりに溢れたお方です、公爵さまは」
「ーーー合格」
「え?」
なんのことだろうか。見上げたライアンは、黒曜石のような深い漆黒の瞳を細めて嬉しそうにナディアを見つめていた。
なんというか、この人もリュカと同じ匂いがする。その整った顔と色気で、きっとたくさんの女性を泣かせてきたことだろう。
「リュカのことよろしくね、ナディアちゃん」
「いえ、あの・・・、ご存じの通り私はただの女除けですので」
「そんな冷たいこと言わないで~」
「あ、お勤めはしっかり果たしますので、ご心配は無用です!」
「あはは、噂通りのつわものだ」
「それよりも、子どもの頃の公爵さまは、どんな感じだったのかお聞かせ頂けませんか?」
「良いよいいよ~、何から聞きたい?初恋の話?それとも女の子たちがリュカを取り合って大騒ぎになった話?」
リュカの子どもの頃の話に花を咲かせていると、もどってきたリュカも加わり、仕返しのようにライアンの子どもの頃の話をつらつらと語りだし、とてもにぎやかな時が過ぎていった。