「アリス、私はどうしたら良いのかしら」
いつものように文字を教えに孤児院にやってきたナディアは、その日そのままアリスの部屋に泊っていくことにした。
どこか上の空のナディアを不審に思ったアリスからの提案だ。
「どうしたらいいって、何が?」
「公爵さまが、優しすぎて・・・」
「優しくしてくださるなら良いじゃない。何をそんなに悩んでいるの?」
全くもってわからない、と深緑色の目がナディアを見つめる。
「綺麗に着飾って、お姫様扱いされて・・・、美味しいごはんが食べれて、更にはお給金まで頂けちゃうのよ?こんな美味しい話があっていいのかしら?孤児院への寄付だってそうよ、あんなにたくさん。半年は困らない量だったし・・・。とてもありがたいけれど、なんだか公爵様に申し訳ないような気がして」
もっと言えば、リュカのような見目美しく聡明な青年の隣に居られて目の保養という特典付き。リュカとの時間は、ナディアにとって知らない世界のようでとても新鮮だった。
「でも、公爵さまに付き合って嫌な思いをしてたじゃない?」
「それは、そうだけど・・・。それは公爵さまのせいでもないし、公爵さまはちゃんと守って下さったもの」
ローズ公爵令嬢の誕生日パーティでの一件は、ナディアの中ではもう過ぎたことだった。
あの嫌な事件よりも、パーティでリュカと踊ったことの方が楽しい思い出となりナディアの心に残っている。
あの時のリュカの熱い視線や情熱的なリードを思い出すだけでナディアの胸はぎゅっと鷲づかみにされたように苦しくなった。
その後も、定期的に会ってはお茶をしたり、出かけたりという関係が続いていた。
まるで本当の恋人のような、甘くてとろけそうな逢瀬が繰り返されていた。
「私ばかりが得をしているような気がして」
「公爵さまは女除けが出来るだけで良いのよきっと。それにーーー」
「それに?」
「ナディアみたいに美しい令嬢を連れて自慢して、好きな時にキスできて、十分役得だと思うわ」
美しい令嬢ではない、と反論したいナディアだが、そういったところでアリスは取り持ってくれないので押し黙った。
「そんなもの?」
「殿方なんて、そんなものよ」
そうなのだろうか。自分なんかよりいろいろな人と交流のあるアリスが言うのだからそうかもしれない。
「それに、ほら、契約を解除されないって事は今のままで公爵様も満足してるってことよ!」
「そうは言っても・・・・、やはり何か少しでもお返しするのが礼儀だわ。私から公爵さまのために出来ることはないかしら?」
「うーん、そうねぇ。ナディアの手料理でもてなすのはどう?サンドウィッチでも作ってピクニックなんてどうかしら」
名案だわ、とアリスは手をたたく。
「ナディアの作るパンはどこの家のパンより美味しいもの」
「公爵さまのお口に合うとは到底思えないわ・・・」
リュカの邸宅で食べたシェフの料理を思い出す。あんなプロの作るごちそうを毎日食べているリュカがナディアの作る質素なサンドウィッチなど食べれたものではないはず。