「いや、僕は嬉しいよ、リュカ。君がようやく心を開ける相手に出会えたんだ!とても喜ばしいことだよ!ーーーでも、どうしてそんなに頭を抱えてるの?仕事ではないだろう?」

 誰かに悩みを打ち明けるなんて、今までしたことがなかったが、八方ふさがりなこの状況からは抜け出したくて、仕方なく事の成り行きをライアンに話した。
 それは、ナディアが全くもって自分になびかないこと、契約でありお金を貰うために仕事として自分に付き従っているだけなこと。

「リュカ、それは・・・また、なんと言っていいか・・・しっかりこじらせてるね・・・・。それになかなか手ごわい相手だね、仮面の君・ナディア嬢は」
「えぇ、全くです。私は全身で彼女にアプローチしているのですが、それが全て裏目に出ているのです」

 プレゼントを贈っても受け取れないと突っぱねて、契約だからと言ってやっとしぶしぶ受け取ってもらえる始末。
 パーティ会場でナディアと踊る見知らぬ青年に嫉妬して大勢の前で慈しんでも、怒っていると伝えても、全てがナディアの中で「女除けのためのお勤め」になってしまうのだった。

 あの日、パーティからの帰りの馬車で交わしたたくさんのキス。
 息継ぎをしながら一生懸命応えるナディアが愛しくて愛しくて、このまま家に連れ去りたい衝動にかられながらも、理性を保つので精一杯だったことを思い出す。

(あんなに甘いキスがあるなんて、今まで知らなかった)

 リュカにとって、キスなど行為の一過程であって、あんな風に求めるものではなかった。
 もっと、もっと欲しい。
 ナディアのすべてを自分のものにしてしまいたい。

 それは肉体だけでなく、もちろん、ナディアの心もだ。
 そのためには、どうすればいいのか、今までろくな経験をしてこなかったリュカにとってそれは難問以外の何物でもなかった。

 そして、更に厄介なことに、ナディアは痣のことで自分に劣等感を抱いている。ナディアの心にはいつも「自分なんかが」と自分を卑下する感情が渦巻いているのをリュカは感じ取っていた。
 何をするにも、その感情が付きまとって邪魔をする。
 今だって、きっと、「お勤め」がなければリュカの隣に並ぶことさえも拒否するだろう。
 そのことが目に見えているから、リュカは自分の気持ちを素直に伝えることができないでいた。
 いや、そもそも、その感情がなかったとしても、リュカの気持ちを受け入れてくれるのかどうかははなはだ疑問だが。

「うーん、仮面の君はリュカのことどう思ってるんだろうねぇ?」
「それは、私が一番知りたいことです、ライアン」

 嫌われてはいない、と思う・・・。しかし、恋愛対象としては一切見られていないことは確かだ。

「じゃぁ、僕が聞いてみるっていうのはどう?」
「ライアン、魂胆が見え見えです。単にナディアに会いたいだけなんでしょう」

 噂の仮面の君を一目見たいだけに違いない。
 それに、ライアンのような天然の女たらしをナディアに近づけるなんてもっての外だ。
 黒髪ストレートを後ろでひとつに束ね、その瞳に映った女性は誰しも心を奪われると言わしめる黒い瞳を持ち、いかにも聡明な容姿をしていた。

「ばれた?でも、悪くないと思うんだけどなぁ~。君が聞いたところで「契約」があるから本当のことは言いづらいだろうし」

 ライアンのいうことも一理ある。ライアンをナディアに近づけるのは気が進まないが・・・。

「ーーーーでは、明日の午後に私の邸宅で。しかし、ナディアに指一本触れることは許しませんからね」