「どうしたものでしょう」
リュカは、執務室で頭を抱えていた。
仕事が手につかないことなど今までにあっただろうか、と思考を巡らせるが、仕事一筋できた今までの自分の人生にそんな出来事は思い当たらなかった。
社交界一の色男などと呼ばれている程には女性との間にいろいろありはしたが、そのことが原因で仕事に集中できなかったことなど一度もなかった。
女性との色恋は、人生におけるほんのスパイスでしかなく、楽しむもので苦しむためのものでは無かったからだ。
リュカの頭のなかを埋め尽くしている張本人はもちろんナディアだった。
「何がどうしたって?」
突然降ってわいた声に顔を上げると、ドアの所に一人の男が寄りかかっていた。
「ライアン。ノックくらいしてくださいといつも言っているでしょう」
「聞いたよ、リュカ。恋人が出来たんだって?」
リュカの言葉などスルーして、ライアンと呼ばれた男は中へと入るとソファに腰を下ろした。彼は、ライアン・シュバリエ公爵だ。リュカの旧友であり、唯一信頼を寄せる同僚でもあった。
「巷はその話で持ちきりだよ。誰にも心を開かない社交界一の色男に恋人!しかも仮面の恋人が出来た!ってね。で、その仮面の恋人とやらは一体どこの誰?」
ジラール公爵令嬢の誕生日パーティーから僅か一月ほどでライアンの耳にまで入った所を見るとまずまずの効果があったようだとリュカは内心頷く。
しかし、ナディアの素性までは広まっていないのは予想から外れていた。
「リシャール伯爵の長女ですよ」
「リシャール伯爵・・・って、あの聖人君主が過ぎて貧乏になってる?ーーーあぁ、仮面の君か!」
「ライアン、その言い方はあんまりですよ。まぁ、伯爵も奥方も確かに人の良いお方ではありましたけど」