ナディアの腰に回した右手にぎゅっと力が込められたのがわかった。左手はナディアの左肩を支えるように優しく添えられていた。
リュカは何を血迷ったのか、ナディアの頭に口づけを落とす。
その瞬間、周囲からは「きゃー!!」という悲鳴と感嘆とが混じった声が上がった。
「私の恋人が、何か失礼を?」
「い、いえ・・・、ただ、わたくしの婚約者と踊っていたので事情を伺っていただけですの」
「それはそれは、大変失礼しました。彼女はあまり社交の場に出ないので、恐らくあなたの婚約者とは知らなかったのでしょう。私からもよく言い聞かせておきますので、お許しください」
「えぇ、そのようにお願いしますわ。ーーーさぁ、みなさん、騒がせてしまって申し訳ありません。パーティを楽しんでくださいませ」
静まり返っていたホールは、また賑わいを見せて何事もなかったかのように人々の談笑で溢れた。まだ不満そうなローズは、ナディアを一瞥して友人の輪に戻っていった。
「ナディア、僕のせいでごめん」
すまなそうに歩みよったノアの前に、リュカが立ちはだかる。普段にこやかなリュカからは想像できないような厳しい表情をしていた。
「そちらの痴情のもつれに巻き込まないでいただきたい。失礼する」
ナディアを抱いたまま、その場を去ろうとするリュカに「ちょっとお待ちください」と言い腕の中から逃れると、ナディアは気落ちしたノアに歩み寄った。
「あの、私は大丈夫ですので、どうかお気になさらないでください。ダンスに誘ってくださりありがとうございました。では、失礼いたします」
リュカのもとに戻り「お待たせしました」と言えば彼は不機嫌そうに眉をしかめてナディアを見つめる。
「公爵さま、どうかしましたか?」
「気が変わりました。踊りましょう」
「え?お、踊るのですか?」
リュカはナディアの手を取り、ダンススペースへと歩を進めるやいなや腰を引き寄せてステップを踏みだした。曲はバラードだった。
先ほどのワルツとは違い、緩やかなテンポが特徴の、体をより密着して踊る曲だ。
2人は右手を重ね、リュカの左手はナディアの腰に回されて腰と腰とがくっつくほどに引き寄せられていた。
先ほどの騒ぎの後だ、周りの人の視線が刺さり、ナディアはいたたまれない。眉目秀麗なリュカの踊る姿に女性陣の眼はくぎ付けだった。
「ナディア、私の目を見て」
言われて見上げた先には、オパールグリーンの瞳があった。真っすぐに見つめられて、ナディアの胸が恥ずかしさと申し訳なさで苦しくなる。
リュカは、騒ぎを起こしたことに怒っているに違いなかった。
「私と踊るのは、楽しくありませんか?」
「そんなことありません。ただ・・・」
「ただ?」
「騒ぎを起こしてしまい、申し訳なく思っています。助けてくださりありがとうございました」
「騒ぎになったことは、あなたも無事でしたし結果としてアピール出来たからよしとします。そもそも、あなたを一人にした私が間違っていました。私は違うことに怒っているのです」
「違うこと、ですか?・・・あ、公爵さま以外の男性と踊ってしまったことですか?」
「・・・よくわかりましたね」
ぽかんとするリュカに、ナディアは続ける。
「そうですよね、恋人として来ているのにこんな人目の多いところで他の男性と踊るなんてダメですよね。私としたことが全くもってお勤めが果たせていませんでした・・・本当に申し訳ございません。特別手当は頂きませんのでどうかお許しください公爵さま」
「・・・な、ナディ・・・」
開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。リュカは踊るのを止めるとナディアの肩に顔をうずめてくすくすと笑い出した。首元に、リュカの柔らかな髪を感じてこそばゆい。
「こ、公爵さま?」
「ナディ、あなたという人は・・・本当に面白いですね」
さ、帰るとしましょう、とリュカはナディアをエスコートしてジラール公爵邸を後にした。帰りの馬車の中で、キスの嵐がナディアに降り注いだのは、言うまでもない。
リュカは何を血迷ったのか、ナディアの頭に口づけを落とす。
その瞬間、周囲からは「きゃー!!」という悲鳴と感嘆とが混じった声が上がった。
「私の恋人が、何か失礼を?」
「い、いえ・・・、ただ、わたくしの婚約者と踊っていたので事情を伺っていただけですの」
「それはそれは、大変失礼しました。彼女はあまり社交の場に出ないので、恐らくあなたの婚約者とは知らなかったのでしょう。私からもよく言い聞かせておきますので、お許しください」
「えぇ、そのようにお願いしますわ。ーーーさぁ、みなさん、騒がせてしまって申し訳ありません。パーティを楽しんでくださいませ」
静まり返っていたホールは、また賑わいを見せて何事もなかったかのように人々の談笑で溢れた。まだ不満そうなローズは、ナディアを一瞥して友人の輪に戻っていった。
「ナディア、僕のせいでごめん」
すまなそうに歩みよったノアの前に、リュカが立ちはだかる。普段にこやかなリュカからは想像できないような厳しい表情をしていた。
「そちらの痴情のもつれに巻き込まないでいただきたい。失礼する」
ナディアを抱いたまま、その場を去ろうとするリュカに「ちょっとお待ちください」と言い腕の中から逃れると、ナディアは気落ちしたノアに歩み寄った。
「あの、私は大丈夫ですので、どうかお気になさらないでください。ダンスに誘ってくださりありがとうございました。では、失礼いたします」
リュカのもとに戻り「お待たせしました」と言えば彼は不機嫌そうに眉をしかめてナディアを見つめる。
「公爵さま、どうかしましたか?」
「気が変わりました。踊りましょう」
「え?お、踊るのですか?」
リュカはナディアの手を取り、ダンススペースへと歩を進めるやいなや腰を引き寄せてステップを踏みだした。曲はバラードだった。
先ほどのワルツとは違い、緩やかなテンポが特徴の、体をより密着して踊る曲だ。
2人は右手を重ね、リュカの左手はナディアの腰に回されて腰と腰とがくっつくほどに引き寄せられていた。
先ほどの騒ぎの後だ、周りの人の視線が刺さり、ナディアはいたたまれない。眉目秀麗なリュカの踊る姿に女性陣の眼はくぎ付けだった。
「ナディア、私の目を見て」
言われて見上げた先には、オパールグリーンの瞳があった。真っすぐに見つめられて、ナディアの胸が恥ずかしさと申し訳なさで苦しくなる。
リュカは、騒ぎを起こしたことに怒っているに違いなかった。
「私と踊るのは、楽しくありませんか?」
「そんなことありません。ただ・・・」
「ただ?」
「騒ぎを起こしてしまい、申し訳なく思っています。助けてくださりありがとうございました」
「騒ぎになったことは、あなたも無事でしたし結果としてアピール出来たからよしとします。そもそも、あなたを一人にした私が間違っていました。私は違うことに怒っているのです」
「違うこと、ですか?・・・あ、公爵さま以外の男性と踊ってしまったことですか?」
「・・・よくわかりましたね」
ぽかんとするリュカに、ナディアは続ける。
「そうですよね、恋人として来ているのにこんな人目の多いところで他の男性と踊るなんてダメですよね。私としたことが全くもってお勤めが果たせていませんでした・・・本当に申し訳ございません。特別手当は頂きませんのでどうかお許しください公爵さま」
「・・・な、ナディ・・・」
開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。リュカは踊るのを止めるとナディアの肩に顔をうずめてくすくすと笑い出した。首元に、リュカの柔らかな髪を感じてこそばゆい。
「こ、公爵さま?」
「ナディ、あなたという人は・・・本当に面白いですね」
さ、帰るとしましょう、とリュカはナディアをエスコートしてジラール公爵邸を後にした。帰りの馬車の中で、キスの嵐がナディアに降り注いだのは、言うまでもない。