伯爵令嬢としての教育は母から受けていたが、こんな場所で踊ることは避けたかった。
 しかし、ノアはナディアの言葉など聞こえていないかのように、空いていたもう片方の手をナディアの腰に回して踊り始めたのだった。
 軽快なワルツの三拍子に乗せてノアはステップを取り、ナディアも転ばないようにステップを踏む。
 久しぶりのダンスだったのに体は覚えているのか、ノアの巧みなリードも相まって徐々に足取りが軽くなっていくのが自分でもわかった。

「踊れるじゃん」
「でも、久しぶりすぎて」

 なんとか見上げたノアの楽しそうな笑顔につられてナディアも頬がほころぶ。
 名ばかりの伯爵令嬢にとって無意味な教育だと思っていたダンスがこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。無駄ではなかったのかもしれないと思うとナディアは嬉しくなり、だんだんとダンスを楽しんでいた。

「あー楽しかった!」

 曲がひとつ終わるころ、ノアはようやく足を止めてナディアを解放してくれた。
 心底楽しかったと笑うノアとは反対に、慣れないドレスとヒールでなんとか転ばずに踊り切ったナディアは息が上がっていたが、心地よい高揚感が胸いっぱいに広がってなんとも言い表せない気持ちだった。
 近くの使用人から水を受け取り喉へ流し込むと、息苦しさが和らいで呼吸も落ち着いていく。

「ありがとう、ナディア。君のおかげで退屈なパーティでも楽しい時間が過ごせたよ」
「いえ、そんな、私の方こそ楽しませていただきました」
「なら良かった。美しい女性をエスコートできて僕も光栄だよ」

「ーーーノア様」

 控えめな、けれど冷たさを持った声に2人は振り返る。