水を汲み終えたころには、弟のレオンと妹のシャルロットが身支度を済ませて起きてきた。

「ねぇね、おはよう」
「おはよう、二人とも。さ、顔を洗ったら朝食にしましょ。タオルはここに置いておくからね」

 二人を残して台所に向かうと美味しそうな匂いがナディアの鼻をかすめた。
 今日はもしかして目玉焼きかしら、と足取りが軽くなる。

「おはようございます、お母さま」
「おはよう、ナディア。今ちょうど呼ぼうと思っていたところよ」

 台所で朝食の準備をしていたのは、ナディアの母アナベル。
 伯爵夫人が料理をするなど、貴族では考えられない話だが、リシャール伯爵家は使用人を雇うお金すらも領地の人々の暮らしのために費やしてしまっていた。

 ちょうど数か月前にも竜巻が発生したせいで田畑が荒れ、果樹も被害を受けたせいで領地の人々の暮らしがより厳しくなり、納税額の免除や修繕費の援助などで蓄えがが底をついた所だった。

「今日は目玉焼き?」
「えぇ・・・でも2つだけだからあなたたち三人で分けてちょうだい」

 申し訳なさそうに言う母に、ナディアは精一杯の笑顔でいう。

「私はさっき孤児院で朝食は済ませたところだから、レオンとシャルロットで一つ、お母さまとお父さまで一つずつ召し上がってくださいな」

 目玉焼きの良い匂いにお腹がなりそうになるのを必死にこらえて。

「そうなの・・・?ならそうさせてもらおうかしら・・・」
「あ、そうだ!マグリットさんに柵の修理を頼まれていたんだったわ!今から行ってきます」

 いってらっしゃい、と母の声を背にナディアはその場から立ち去った。