「何をでしょうか?」
「突然押しかけて、ご両親に交際していると言ったことです」
「そんな、怒るなんて。少し心の準備が追いつかなかっただけです。それに、私だけでなくレオンとシャルロットにまでプレゼントを頂いてしまって、感謝の気持ちで一杯です。2人のあんなに喜んだ顔は久しぶりに見ました。それに、孤児院へたくさんの食料や衣料など贈って下さり本当に、なんとお礼を申し上げればよいか・・・」

 本当にありがとうございます、とナディアはリュカを見上げてもう一度お礼を言う。

「怒っていないのですね」
「もちろんです。公爵さまこそ、私が両親に嘘をついて隠していたことをお怒りではありませんか・・・?」
「そうですね・・・、怒っているというより、少し悲しかったですね」
「悲しい・・・?」

 リュカはようやくナディアに顔を向けた。何度見ても美しい透き通るようなオパールグリーンの瞳がナディアを見つめる。

「えぇ、あなたが私とのことを知られたくないと思っていることが、悲しかったです」

 それは、どういうことだろう。
 隠したかったのは、両親に余計な心配をかけたくなかったのと例えカムフラージュだとしても自分に交際相手が出来たなど恥ずかしくて言えなかっただけなのに。リュカが悲しむ理由がナディアにはわからなかった。

「も、申し訳ございません。恥ずかしくて・・・」
「わかっています。おしかけたのは私ですから、気にしなくて良いのです。それでも、今日はあなたの家族に会えてよかった。あなたが愛されているのがよくわかりました。素敵なご両親ですね」

リュカの瞳に見つめられたままナディアの思考は止まる。

近づく。あ、くるーーーーと思わず身構えたナディアだが、手が頬に延ばされただけだった。

「化粧が崩れるといけないので今は止めておきます。もしかして、期待しましたか?」
「き、期待なんてしていません!」

 赤くなる顔をぷいっとそらしてナディアはばくばくと音を立てる心臓をなんとか鎮める。リュカの相手は、恋愛経験皆無のナディアには刺激が強すぎだった。リュカはそんなナディアを見てくすくすと笑って楽しんでいる。

「さ、そろそろ着きますよ」

 その言葉の通り、馬車はほどなくして速度を緩めて停車した。先に降りたリュカは振り向くとナディアに手を伸ばした。その流れるような仕草に、シャルロットのセリフがナディアの頭に浮かんできた。

『どうしてお家におうじさまがいるの?』

 上質なシルクのドレスに身を包み、光り輝く宝石を身に着けて豪奢な馬車に乗る自分はお姫様で、手を差し伸べてくれる目の前の紳士はまさに王子さまそのもの。ナディアは自分がまるでおとぎ話の中にいるような不思議な感覚だった。

「ナディ?」
「あ、ありがとうございます」

 一向に動かないナディアを心配そうに覗き込むリュカ。ナディアは慌てて差し出された手を取り、馬車から降り立った。そこは、誰かのお屋敷のようだったけれど、社交界に疎いナディアにはさっぱりわからなかった。

「さぁ、参りましょう」
「はい」

 リュカはナディアをエスコートして屋敷へと入っていった。