それから数日間は平和な日々が続いていた。そろそろドレスが届く頃だと思いながら、言い訳を考えてきたナディアだったが、それは儚くも砕け散る事になる。

「ナディア!ナディア!どこにいるの?!」
「はい、ただいま参ります!」

 ある日の朝、洗濯ものを干していたナディアは、母の慌てふためく声に返事をしながら手を止め、急いで声のする方へと走った。

「お母さま、どちらでーーーー」

 庭から玄関へ回ったところで、門の所に停まる馬車が目に入りナディアは思わず足を止めた。忘れもしない、リュカの馬車だった。また突然の迎えをよこしたのだろうか、と考えたのと同時に両親への説明をどうしたものかと悩ましい問題が再び頭をよぎる。

「ナディア、そこにいたのね!はやくこちらへ!」

 声に振り向くと玄関から母が飛び出して来るところだった。

「お母さま、そんなに慌ててどうされたのですか」
「見ればわかるでしょう。公爵様がいらしてるのよ!」
「えっ、ベルナール公爵さまが?どうして?」
「どうしてかは、わからないけれど・・・あなたへのプレゼントをたくさんお持ちになってくださったのよ。客間にお待たせしているから、さぁ急ぎましょ。お父様がお相手してるの」

 ナディアには、リュカが一体何を考えているのか全くわからない。まさか、ドレスをリュカ自身が届けてくれるなんて考えもしなかった。使いの者、もしくは仕立て屋の者が届けてくれるものだと思い込んでいた。

「公爵さま、お待たせして大変申し訳ございません」

 お茶の準備に走った母と別れ客間に行くと、ナディアの父とリュカは何やら穏やかに談笑している様子だった。客間と呼ぶにはあまりに貧相な部屋の中、ソファに腰掛けるリュカの姿はこの部屋に不釣り合いなほど、キラキラと輝いて見えた。

「ナディ、久しぶりですね。変わりありませんか?」

 挨拶するナディアに振り向いて、リュカはその端正な顔に優しい笑みを浮かべた。きらきらとまぶしくて、目を閉じてしまいそうだ。

「はい、おかげさまで、変わりなく過ごしております。公爵さまもお元気そうで何よりです」
「えぇ、たった今、あなたの姿を見ることができて元気になりました」

 なんてことをサラリと言ってのけてしまうのだろう、この人は。なんの(てら)いもなくすらすらと恥ずかしいセリフを。

「お戯れを」
「戯れているつもりはありませんよ、ナディ。ここ最近忙しくて会いに来れず寂しかったのです私は」
「いやはや、ベルナール公爵様はお噂通りとてもスマートな方ですなぁ。それにしても、公爵様、この大量のプレゼントはさすがに頂くわけには・・・。馬車で轢かれそうになったというお詫びは先日十分過ぎるほど頂いた上に、孤児院へ多額の寄付まで頂き、慈悲深いお心遣い誠に感謝申し上げます」

 父の話にリュカはちらりと視線をナディアに送った。その視線を受けてナディアは慌てて口を開く。

「あ、そ、そうです、公爵さま。公爵さまの馬車に轢かれそうになったのは、私の不注意でもございましたし、えっと、私もけがは無かったわけですし・・・、先日頂いた品々と孤児院へのご寄付だけでもう十分でございます」

 ナディアは怖くてリュカの顔をまともに見れない。どうか話を合わせて!と願うナディアだった。