馬車に揺られるのは好きだ。パカラパカラと馬の駆ける足音と車輪のきしむ音に耳を傾けて、小窓から外を眺めるゆったりとした時間がとても癒しだった。

(し、視線が・・・)

 ただでさえ狭い馬車の中、隣からの熱い視線にナディアは馬車を楽しむどころではなかった。

「そのドレス、とても良く似合っています」
「あ、ありがとうございます・・・、あの、髪飾りも・・・今度必ずお返し致しますので」
「そんなのはどうでも良いのですが・・・。この髪型は一体どうなっているんですか」

 幾重にも編み込まれた髪を不思議そうに見つめ、手を伸ばすとおくれ毛を指ですくう。

「オルガさんが、結ってくださったので、私にもよく・・・」
「そういえば、オルガは祖母の髪も良くこんな風に編んでいましたね」

 どうりで、手際がいいわけだ。

「・・・にしても、困りましたね・・・」

 何がだろう、とナディアはリュカを見上げた。思いのほか顔が近くてドキッとした。

「脱がせたくて仕方ないのですが」
「っ!!??」

 あまりに驚いたせいで、壁に肩をぶつけた。馬車はカタカタと弾んでいる。リュカは悩まし気な顔でこちらを見つめていた。

「その背中のボタン」

 手が背中に伸びて、ボタンを一つ一つなぞるように撫でられる。薄い生地越しに感じるリュカの指に、背中がぞくりとした。

「外し甲斐がありますね」
「こ、公爵さまっ、ご冗談はほどほどに、お願いします」
「冗談ではないので困っているんですが」
「な、な・・・、そ、そもそも、私は恋人の役であって、夫婦ではございませんので!そのご要望には添えかねます!」
「・・・恋人に体の契りはないものだ、と?」
「・・・・え?ち、ちがうのですか?!」
「そうですね・・・、まぁ、人それぞれだとは思いますが」

 ぼっと、火が出るんじゃないかというくらい、顔が熱い。

(あぁ、穴があったら入りたい・・・!)

 恥ずかしさに耐えかねて両手で顔を覆った。

「なるほど、裏を返せば、キスは恋人の範疇ということですね」

 裏を返す必要なんかないのに。

「ナディア」

 顔を覆ったまま、だんまりを決め込んだ。社交界一の色男・・・、もとい、女たらしが憎らしかった。

「ナディ」

 リュカの呼ぶ自分の名はどうしてこんなにも甘い響きをしているのだろう。

「ナディ、顔をあげてください」

 顔から離した手は、淡いクリーム色のワンピースドレスの上に力なくのっかる。レースがふんだんにあしらわれたこの素敵な洋服を、自分のために選んでくれたリュカ。気まぐれだとしても、やはり嬉しかった。

 ふと、暗くなったと思った時には、リュカが近づいていて、強まるシトラス。ゆっくりと顔を上げれば、もうすぐそこに伏目がちにこちらを見つめるオパールグリーンの瞳が迫っていた。