お茶と菓子を食べ終えたころ、一人の女性の使用人がリュカに呼ばれてやってきた。彼女は、とてもにこやかにナディアを見つめてから、お辞儀をする。

「彼女は、祖母の世話役をしてくれていたオルガです。メイド長も任せています。何か困ったことがあればなんでも彼女に言ってください」
「初めまして、ナディアさま。オルガともうします」
「初めまして。よろしくお願いします」

 年の頃は、50代ほどのメイド服をきちっと着こなした柔らかな雰囲気の女性だった。別室へと案内されて渡されたのは、クリーム色の綺麗なワンピースだった。これに着替えたら街にでかけるらしい。

「お手伝いしますね」
「い、いえ、大丈夫です、自分で着れます」
「このワンピースは後ろがボタンになっているので。ささ、旦那様もお待ちですから急ぎましょう」

 オルガはテキパキと慣れた手つきでナディアの服を脱がし始める。ナディアはなすすべもなく、されるがままだった。

「このワンピースは旦那様がお気に召して買われたのですよ」
「そ、そうですか」
「そうしたら、早くナディア様に早く着せたくなっていてもたってもいられず、今日お呼び立てしたんですよ」

 オルガは、嬉しそうにふっと笑った。

「あんなに嬉しそうな旦那様は子どもの時以来です」

 あれが嬉しそう、なのだろうか。単に物珍しさを楽しんでいるだけのような気がするが、リュカと付き合いの長いオルガがいうのだからそうなのだろう。

「それに」

 オルガはしゃべりながらも手を休めることなく続ける。

「お屋敷に女性を連れてこられるのも、ナディアさまが初めてです」

 ナディアは、耳を疑った。思わず口から漏れた驚きの声に、オルガは気分を害するでもなく微笑む。

「ですから、使用人たちはそれはそれは浮足立っているのですよ。おもてなしできるのが皆嬉しいのです」

 おもてなしの相手がこんな自分で申し訳なく思うのと、少なからず歓迎されているという安堵感と、複雑な気持ちが混ざっていた。

「あらまぁ、旦那様の目立てはなかなかですわねぇ・・・、とっても良くお似合いです、ナディアさま」

 腰から首までたくさんのボタンを一つ一つ留めていくオルガ。上質なシルクの生地に体が優しく包まれた。驚くほど、サイズがピッタリだ。

「お洋服がハイネックなので、御髪はアップにしたほうが映えそうですね」

 手を引かれてドレッサーの前に座らされると、オルガはブラシを取り出し丁寧に梳かし始めた。栗色のストレートヘアは、結い上げるのがなかなか難しく、自分ではいつも諦めていたのだが、オルガは戸惑う様子もなく編み込みながらまとめていった。ピンを使いながら編んでは留めてを繰り返していく。そして時折、美しい飾りの着いたピンを差していた。

「あの・・・、このお部屋は・・・」

 部屋は、客間というより、寝室のようで通された時から気になっていたナディアは初めてまともに口を開いた。

「このお部屋は、旦那様のお母さまのお部屋です。もう亡くなられてずいぶん経ちますが、大旦那さまの生前からのご希望でこのまま残されているんです。それで旦那さまから、ナディアさまの身支度を整えるのに使えと言われています」
「そ、そんな、大切な方のお部屋に、私など恐れ多いです・・・。それに、もしかして、この髪飾りなども・・・」

 髪にちりばめられた飾りは花のモチーフがあしらわれていた。

「えぇ、大奥様のものでございます。これも旦那さまからのご指示で、ナディアさまに使って差し上げろと」
「い、いえっ、私、そんな、お借りできません!外していただけませんか?」
「まぁまぁ、旦那さまが言っていた通りの反応ですね」

 リュカがどう伝えたのかは知らないが、勘弁してほしかった。高価なものを身に着けることも慣れていないのに、そんな形見のように大切なものを借りるなど、本当に気が引ける。

「良いんですよ、この髪飾りも、ずっと引き出しの中で眠っているより、こうしてかわいらしい方につけてもらった方が数倍も幸せです。ほら、もう出来上がりました」

 編み込まれた髪から髪飾りだけを取るのは至難の技だろう、と仕上がった髪を見て諦めるしかなかった。

「さぁさぁ、旦那さまは待ちくたびれてますよきっと」

 オルガに急かされながら、ナディアはリュカのもとに戻るなり髪飾りの事を訴えたが、「ナディアに使ってほしいいのです」と案の定取り持ってもらえなかった。

「どうですか、旦那さま」

 自信たっぷりに言ったのはオルガだ。

「あ、あぁ、ありがとう、オルガ。いい仕事をしたな」
「なんですか、その褒め方は」

 リュカの誉め言葉に不満を漏らすその口調に、二人の関係性がほんの少しだけ見て取れて、なんだかほほえましい。オルガは「まったく」と文句を言いながらも「楽しんできてくださいね」とナディアたちを見送ってくれたのだった。