「あの、それで、今日はどのような御用でしょう?」
「そうでした、忘れてました。でも急ぎではないので、とりあえずお茶でも飲みましょう」

 さ、冷める前にどうぞ、とソーサーを持つとナディアの前に差し出した。

(えーと、どういうことなのかしら)

 自分の使用人を孤児院の手伝いにまでよこして呼びに来たのだからきっと急用に違いないと思っていたのに。
 しかたなく、差し出されたカップを手に持ち口に運ぶと、さわやかなシトラスの香りがする上品な紅茶だった。

「公爵さまと同じですね」
「え?何がですか?」
「シトラスの香りがします」
「もしかして、シトラスは嫌いでしたか?」

 すぐに違うものを入れさせましょう、と使用人を呼ぶリュカを制止する。

「違います、とても良い香りだと言いたかったのです。さわやかで、透き通るような上品な香りです。公爵さまにぴったりの香りだなといつも思っておりました。このシトラスティーもとても美味しいです」
「なら良かった・・・。嫌いと言われたら今すぐ湯あみしてこようかと思いました」
「湯あみって、そんな、大袈裟です」

 心底ほっとしたような安堵の表情を見せるリュカに思わず笑ってしまった。
 あの、天下のベルナール公爵がこんな風に慌てる姿なんてそうそう見れないだろう。

「ーーー初めて、笑ってくれましたね」
「え?」

 初めてだっただろうか。リュカと出会ってからのことを振り返っても、そんなにぶすっとしていた記憶は無いのだが。
 目を向けると、優しいまなざしで見つめられていて恥ずかしくてまた逸らす。
 リュカの美しさが眩しすぎる。
 なんとかやり過ごせているのは、仮面のおかげかもしれない。

「出会いはともかく、この前はずっと困った顔ばかりでしたからね。しいて言えば、食事の時くらいでしょうか、嬉しそうだったのは」

 それは、リュカが高価なものをプレゼントをしたり、孤児院に使用人を送ると言ったりと困らせることばかりするからだ。

「す、すみません」
「責めてるわけではないのです。ただ、あなたの笑った顔が見られて嬉しい、という話です」

 またでた甘い言葉は、もはや右から左に流すことにした。
 リュカの言葉を全て受け止めていたらナディアの心が窒息してしまいそうだ。
 そんなナディアを知ってか知らずか、リュカはご機嫌に菓子を口に入れたかと思うと、「甘いですね」と眉間にしわを寄せていた。

ナディアもいただきますと言って菓子をつまみ頬張れば、それは確かにリュカの言葉のように甘く、心にしみ込んでいった。