「テオ!ちょうどいいところに来てくれたわ!子どもたちに文字を教えてるところなの」
ナディアの幼馴染、テオ・ルソーは、男爵家の三人兄弟の末っ子だ。
子どもが出来ず孤児院の子どもを養子として引き取っている心優しいルソー男爵家の三男として、テオは孤児院から貰われていった幸運の持ち主。
孤児院の頃からナディアとよく一緒に遊ぶ仲で、3つ年上のテオはナディアにとって兄のような存在だった。
よく焼けた小麦色の肌によく似合う漆黒の髪は短く、瞳はそれと揃えたように深い黒色をしていた。
「それよりナディア、今日父さんがお前の家に行った時にベルナール公爵さまの馬車を見たと言っていたが本当なのか?」
思いがけないところでリュカの名前がでて、ナディアはドキリとした。
まさかテオの父親、ルソー男爵に見られていたとは思いもよらなかった。
「え、えぇ、本当・・・」
テオに嘘をつくのは憚られたものの、本当のことを言えないナディアは両親にしたのと同じ内容の説明をした。
「そうだったのか・・・・、なんかいろいろ大変だったな。父さんもびっくりしてたぞ」
「そうよね、驚くよね」
貧乏貴族の家に天下のベルナール公爵がなんの用だろうかと誰もがそう疑問に思うはずだった。
納得したテオは、子どもたちにせかされて文字を教え始めた。
孤児院を出たあとも、テオはこうして何かと顔を出しては孤児院を手伝い、子どもたちの世話を焼いてくれている。ナディアはそれがとても嬉しかった。
つんつん、と裾を引っ張られたナディアは振り返る。
文字を書く手を止めたアリスの緑色の瞳がナディアを見上げていた。
「なぁに、アリス」
「ねぇナディア・・・なにか、隠していることがあるんじゃない?」
「な、なんで?」
「なんとなく、いつもと違う気がするの。それに、今日化粧もしてるし、髪型もちゃんとセットして」
そうだった。洋服店の女性店員に髪型から化粧から全て直されていたのだ。ナディアはそれを忘れて、着替えただけで出てきてしまった事に今気づかされた。
「・・・今日アリスの部屋に泊ってもいい?」
「もちろん、良いわよ」
その日、勉強を終えるとナディアは孤児院の夕飯の準備を手伝って子どもたちと一緒に夕食を取り、そのままアリスの部屋に泊ることにした。
ナディアの両親にはテオが用事ついでに伝えてくれていた。
ナディアが孤児院に泊ることはよくあることで、子どもたちも院長も特に気にかけることもなかった。
「ええええぇーーーー?!恋人役!?」
「しーーーーーーっ!静かに!アリス声が大きい!」
寝巻に着替えた2人はベッドの上で毛布を羽織りながら向き合って語らっていた。
ナディアの目に仮面は無い。
アリスは、ナディアが素顔を見せられる唯一の友でもあり、アリスにはなんでも話せた。
酒場のバイトの事も知っていて、何度も「危ないから」と止めたけれど、こうと決めたら自分の意見を曲げない頑固な性格なのもよくわかっていたから半分は諦めていた。
ナディアは、リュカとの事の経緯を包み隠さずアリスに打ち明けたのだった。
「今日のごちそうもそのベルナール公爵さまから頂いたものだったのね」
「そうなの。とても優しいお方のようなのだけど」
「けど、なに?」
聞かれたナディアは口ごもる。