「ーーー私の事より、あなたのことを聞かせてください」
「私のことなど、お話できることなんてありません」
さぞ、華やかな人生を歩んでこられたであろうリュカに話すことなど、あるわけがない。
しがない貧乏貴族の長女で毎日の食事は平民以下。
召使の一人もいなければ、日がな一日を生きていくのに精一杯なのだから。
それなのに、リュカはにこにことどこか嬉しそうにナディアに問いかけた。
「ナディアは、普段何をして過ごしているのですか」
「何を、と言われましても・・・、毎日家と孤児院の往復ばかりです。時々町の方からの頼まれごとをお手伝いしたりして、あとはご存じの通り夜に酒場で働いていたくらいです」
「それは、とても忙しそうですね・・・。孤児院には手伝いがいるのではないですか?」
「えぇ、おりますがとても手が足りておりません。院長はもうご高齢で体がお辛そうですので」
あたたかいしわしわの手を思い出す。
いつでもナディアを優しく受け入れてくれる優しい院長は、ナディアにとって祖母のような存在だった。
それに、手伝いのリリアーヌは自分の子どもの世話もしながらなので、長い時間は居られない。
ほとんどボランティアのような金額しか出せないため働いてくれる人もそうそう現れなかった。
「そうですか、それは大変ですね。私のところから一人手伝いを送りましょう」
「いけません、公爵さま」
「どうしてですか?」
「もう一人手伝いを雇えるほどの余裕はないのです」
「そうでしょうね。ですから私の使用人を一人貸すだけです。賃金の心配は必要ありません」
なんの迷いもなくさらっとでた言葉にギョッとする。確かに、手伝いを一人増やせるのならそれに越したことはないが・・・、いくらなんでもリュカの世話になるのはためらわれた。
「とてもありがたいお申し出ですが、そこまで公爵さまに頼るわけには」
「私が良いと言っているのに?」
理解できないとでも言う顔をして、リュカは肩をすくめる。
けど、それはナディアも同じだった。会って間もないナディアのためにそこまで良くしてくれるのか全く理解できなかった。
それとも、公爵家くらいの財力ならば使用人の一人や二人など痛くもかゆくもないのだろうか。
きっとそうに違いない。あまりの格の違いにナディアはめまいがした。
「ーーーそれでも、です。それに孤児院は、今は大変でも何とか運営できていますし、私も好きで手伝いをやっているので・・・、使用人を送られると私の仕事がなくなってしまいます」
孤児院は、ナディアが安心できる居場所のひとつでもあった。
子どもたちはみんな明るく可愛くて、院長もリリアーヌもとてもあたたかくナディアを受け入れてくれる。家以外でほっとできる唯一の場所だった。
「そういうことなら、ここは引きましょう。ですが、ナディアがツラくなったらいつでも言ってくださいね」
ほっとしてお礼を言えば、優しいまなざしで見つめられた。
きっと本心でそう言っているんだろうなとナディアは感じた。
自分が首を縦に振ればリュカは喜んで使用人の一人や二人、簡単に差し出すんだろう。
お金持ちの考えることなど、ナディアにわかるはずもなかった。
その後も、リュカの質問攻めにあいながらも、2人で楽しい食事の時間を過ごした。