*
とうとう恐れていた時がきてしまった。
顔をゆがめ、苦しそうなリュカを前に、ナディアは涙を止められない。
泣くのは卑怯だと、相手の情に訴えかけるものだとわかっているのに、どうやっても止められない。それどころか、突きつけられた現実につぎからつぎへと溢れ出てくるそれを、ナディアは拭うこともできずにリュカを呆然と見上げていた。
――いつも悲しそうに笑うから
言われて初めて、自分がちゃんと笑えていなかったことに気づく。
自分では上手く笑っていたつもりだったのに、リュカに気づかれていたことが、情けなく申し訳なかった。
「そ、それはっ、決してリュカさまのせいではなく……、私の問題なのです……」
これ以上言葉をつむぐことが躊躇われたナディアは、俯いてしまう。そんなナディアを見て、リュカは「少し頭を冷やしてきます」と立ち上がった。その拍子に聞こえたため息に、喉の奥が締め上げられたように苦しく息ができなくなる。
遠ざかる足音を聞きながらナディアは、バザーの帰り道でノアに言われた言葉を思い出していた。
『変わろうとしているナディアを見て、僕もそうありたいと思ったんだ』
まるで眩しいものでも見るかのようなノアの眼差しに、恥じない自分でいなくてはと思った。
(これじゃぁ、なにも変われていないわ……)
こんな自分を好きだと言ってくれたノア。ナディアは彼に告げた自分の思いをもう一度心の中で反芻した。
(胸を張って、リュカさまの隣にいたいって……、そう思ってたあの気持ちは嘘だったの? しっかりしなさいよ、ナディア!)
震える手足に力を込めてナディアは立ち上がり、ドアに手を掛けたリュカに駆け寄りその無駄のない痩身に後ろから抱き着いた。
「待ってください!」
「ナ、ナディ……」
爆発してしまいそうなくらい、心臓が激しく鐘を鳴らす。耳鳴りにも近いそれを感じながら、ナディアは必死に言葉を放った。
「申し訳ありません……、すべて、……すべて私が悪いのです! いつかリュカさまに……、不要だと……いらないと捨てられる日が怖くて……っ」
こんな風に縋るのは、違うとわかっていたが、どうにかリュカを引き留めたい一心でナディアは腕に力をこめる。
「リュカさまを……お慕いしています……、どうか……、どうか、おそばにいさせて欲しいのです。契約のままで構いませんから……」
お願いします、という懇願は情けなくも掠れてうまく声にできなかった。
嗚咽でそれ以上なにも言えないナディアは、リュカの反応を待つ。張り裂けそうな胸の痛みに目をぎゅっと閉じた。
とうとう恐れていた時がきてしまった。
顔をゆがめ、苦しそうなリュカを前に、ナディアは涙を止められない。
泣くのは卑怯だと、相手の情に訴えかけるものだとわかっているのに、どうやっても止められない。それどころか、突きつけられた現実につぎからつぎへと溢れ出てくるそれを、ナディアは拭うこともできずにリュカを呆然と見上げていた。
――いつも悲しそうに笑うから
言われて初めて、自分がちゃんと笑えていなかったことに気づく。
自分では上手く笑っていたつもりだったのに、リュカに気づかれていたことが、情けなく申し訳なかった。
「そ、それはっ、決してリュカさまのせいではなく……、私の問題なのです……」
これ以上言葉をつむぐことが躊躇われたナディアは、俯いてしまう。そんなナディアを見て、リュカは「少し頭を冷やしてきます」と立ち上がった。その拍子に聞こえたため息に、喉の奥が締め上げられたように苦しく息ができなくなる。
遠ざかる足音を聞きながらナディアは、バザーの帰り道でノアに言われた言葉を思い出していた。
『変わろうとしているナディアを見て、僕もそうありたいと思ったんだ』
まるで眩しいものでも見るかのようなノアの眼差しに、恥じない自分でいなくてはと思った。
(これじゃぁ、なにも変われていないわ……)
こんな自分を好きだと言ってくれたノア。ナディアは彼に告げた自分の思いをもう一度心の中で反芻した。
(胸を張って、リュカさまの隣にいたいって……、そう思ってたあの気持ちは嘘だったの? しっかりしなさいよ、ナディア!)
震える手足に力を込めてナディアは立ち上がり、ドアに手を掛けたリュカに駆け寄りその無駄のない痩身に後ろから抱き着いた。
「待ってください!」
「ナ、ナディ……」
爆発してしまいそうなくらい、心臓が激しく鐘を鳴らす。耳鳴りにも近いそれを感じながら、ナディアは必死に言葉を放った。
「申し訳ありません……、すべて、……すべて私が悪いのです! いつかリュカさまに……、不要だと……いらないと捨てられる日が怖くて……っ」
こんな風に縋るのは、違うとわかっていたが、どうにかリュカを引き留めたい一心でナディアは腕に力をこめる。
「リュカさまを……お慕いしています……、どうか……、どうか、おそばにいさせて欲しいのです。契約のままで構いませんから……」
お願いします、という懇願は情けなくも掠れてうまく声にできなかった。
嗚咽でそれ以上なにも言えないナディアは、リュカの反応を待つ。張り裂けそうな胸の痛みに目をぎゅっと閉じた。