ナディアはリュカの屋敷にきていた。パーティの日以来実に1カ月ぶりの訪問だった。
 とはいえ、二人が会うのはあれ以来ではない。リュカは忙しい中、合間合間を縫ってはナディアを訪れていた。
 時には二人でお茶をして、時にはシャルロットとレオンの相手をしてと同じ時を過ごしてくれるリュカが、ナディアは嬉しくもあり、怖くもあった。リュカと過ごす時間が積み重なるほど、リュカへの思いも比例して募っていくようだった。

「このおしろいに香油を混ぜて、このくらいのとろみになるまでよく混ぜてください」
「はい」

 今日は(かね)てから約束していた痣を消す化粧の仕方をオルガから教わっている。オルガ曰く、これは一朝一夕にできるものではなく、何度も試しながら感覚で覚えていくしかないらしく、ナディアは一言一句聞き逃すまい、見逃すまい、と神経を集中させて指導を受けていた。
 その間リュカは、仕事を済ませるからと書斎にこもっている。

「あまり何度も塗って落としてとやっていると肌に負担になってしまいますから、今日はこのくらいにしておきましょう」

 数回試して、今日のレッスンは終わりとなった。

「粉の練り具合で、肌へのなじみが変わりますからね。今の感じを覚えておいてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

 鏡台の上に置いてあった仮面に手を伸ばす。すると、オルガがそれを手で制した。

「せっかくお化粧してるんですし、ここには旦那さまと私たちしかおりませんよ」
「あ……、そうですね。つい癖で」

 廊下に出ると、執事からリュカが中庭で待っていると告げられて向かった。久しぶりにリュカとゆっくり過ごせると思えば自然と足が速くなり、胸も逸る。

 仮面をつけていないことに不慣れさはあるものの、リュカの前ならば不安はなくなっていた。リュカが、ナディアの痣を不快に思うことはないとわかっているから。リュカへの信頼は今ではもう揺るぐことはなかった。

 書斎の前で息を整えてノックをしようと試みた手は空を切る。

「りゅ、リュカさま」

 ガチャリとドアが開き、そこからリュカが姿を現した。