「全部、親の言いなりで……、やりたいことはすべて諦めてきたんだ。……跡継ぎは僕しかいないから、仕方がないと諦めてた。――――結婚相手もね」

 彼の婚約者は、ローズだ。まだ正式には結ばれていないようだが、この前のロスシー伯爵のパーティにも同伴していたのだから、関係は続いているのだろう。

「でも、この前のパーティで仮面をとった君の目に、あの日僕が見た諦めなんてこれっぽっちもなくて驚いた……」

(諦めが、ない……?)

 そんなことはない、とナディアは思った。今だって、リュカへのこの報われない思いを諦めなくては、と必死に自分に言い聞かせているというのに。

「そんなナディアを見て、僕も変わりたいって思ったんだ。自分の人生を諦めて生きるのはもう懲り懲りだって。だから、両親に自分の思ってることを伝えて、ローズとの婚約話も白紙に戻してもらった。人生を一緒に歩む相手は自分で決めたいって言ったら、思いのほかすんなり了承してくれたよ」

 言ってみるもんだね、とノアは笑った。その顔は、先ほどの自嘲気味な笑顔ではなく、いつもの太陽のような笑顔で、安心したナディアはつられて微笑む。しかし、ローズのことを思うと心境は複雑で、よかったとは言えない。

「ノアさまも、変わろうと努力されてるんですね」
「僕を変えたのは、ナディアだよ」
「私は……」
「――君が好きだ」
「そ、それは、お友だちとして……ですよね……?」
「もちろん友だちとしても好きだけど……本当は、君の特別になりたかった」

 特別、という言葉がなにを意味するのか、ナディアは理解する。まさかノアが自分をそんな風に思ってくれていたなんて考えもしなかったナディアは、言葉が出なかった。

「でも、僕じゃ君を変えられなかった……。ベルナール公爵さまには敵わないや」

(私は……変われているのかしら……)

 変わりたい、と思っている。それは紛れもない事実だ。しかし、ノアが言うように変われているのかと問われればわからない。でも、ナディアにとってすでに身近な存在になっているノアがそう言うのなら、そうなのかもしれないとも思う。

 言葉が出ないナディアに、ノアは「かっこ悪いけど」と前置きをして言った。

「ナディアに気持ちを告げて、きれいさっぱり振られようと思ってさ」

 清々しいまでの笑顔が、ナディアにはとても眩しく映った。