「あ……痣がないから誰だかわかりませんでしたわ……、女性は化粧で化けるって言いますものねっ」

 もはや負け犬の遠吠えにしか聞こえないそれに、リュカは追い打ちをかけた。

「痣があってもなくてもナディアは美しいですよ。少なくとも、外見だけで人を判断するような、心無い言葉で誰かを傷つけるような醜さは彼女は持ち合わせていませんね」
「――っ」

 リュカの言葉に、ローズの顔が一瞬で羞恥に染まる。そしてその矛先はナディアへと向けられた。
 それを遮るようにライアンがナディアの前に出る。
 リュカは一歩ローズへと近づき、彼女の耳元に唇を寄せた。

「もう、二度とナディアに近づかないでください。万が一、彼女を再び傷つけるようなことがあれば、私はあなたを許しませんよ」

「っ、わたくし用事を思い出したのでこれで失礼しますわ!」
「あ、ローズ待って!……ナディア、またね。失礼します」

 ローズに引っ張られてノアも頭を下げながら去っていった。
 まるで、真冬の戦場のようだった、とナディアは思う。緊張が解れた途端に疲労感がどっと押し寄せてきて、ふぅ、と息を吐いた。

 グラスを握る手は汗でびっしょりと濡れていた。

(リュカさまも、ライアンさまも……)

 いささかやり過ぎではなかったか。
 ローズの怒りに満ちた顔を思い出してナディアは心配になるも、二人の行動が自分を慮ってのことだとわかり嬉しさが勝った。

「――見た? あの顔。くくっ、あははは」
「見ものでしたね」

「――お二人とも、私のために、ありがとうございました」

 頭を下げるナディアに、二人は温かな眼差しを向ける。先ほどローズに向けられたものとは似ても似つかない、心のこもった視線だ。ナディアは、本当に周りの人たちに恵まれ助けられているなと改めて思った。

「さすがにもう手だしはしてこないでしょう」 

 飛ぶ鳥を落とす勢いのベルナール公爵とシュバリエ公爵、この二人を敵に回すことがどれだけ恐ろしいことかわからない程ローズは愚鈍ではないだろう。

「まぁ~、いいものが見れたわぁ」