月明りだけが頼りの夜道。
 目の前の美しき公爵、リュカ・ベルナールは、その端正な顔に意地悪い笑みを刻んで口を開いた。

「伯爵令嬢が男装して居酒屋でバイトとは……。世間に知れたら、爵位降格か……いや、爵位はく奪は免れないかもしれませんね」

 爵位はく奪……、それはナディアが一番恐れていたことだった。
 鷲づかみにされたかのようにどくどくとうるさい心臓を抑え、ナディアはその場に跪く。

「ど、どうか、このことは内密にお願いいたします!」

「私になんのメリットが?」

「公爵さまのお望みをなんでも聞きますゆえ!」

「なんでも?」

「はい、なんでも、わたくしに出来ることでしたらどんなことでも致します。なのでどうかこのことは内密にお願いいたします!」

 ベルナール公爵は、少し試案したのちオパールグリーンの瞳を細めて微笑する。
 目の前でひれ伏すナディアを見下ろし、こう言った。


「では、私の恋人になってもらいましょうか――――」