次の世界で


 病院から勝手に抜け出したその日。
夜が明けるまで私たちは一緒にいて、朝日が昇る様子を夕焼けだんだんから眺めた。
 線香花火の終わりかけの火球のように溶けだしそうな太陽が、禄の真っ黒な髪の毛をオレンジ色に染めている。
「綺麗だね」と禄が言うので、私も「うん」と頷く。
 あまりの美しさに、涙が出た。
 この世界と、長い長いお別れの時間が近づいている。
 禄の手を握り締めながら、禄と出会えるのはこの一週間が本当に最後かもしれないと、覚悟もしていた。
 私は全ての景色を目に焼きつけるように、ゆっくり瞬きをする。
 禄が隣にいるだけで、世界はこんなにも美しく輝くんだ。



「神代君、娘が迷惑をかけたな……」
 朝方病院に戻ると、一晩で少し老けたんじゃないかという様子のお父さんが、私たちを部屋で待っていた。
 この最後の一週間、時間の猶予をもらったけれど、病院で過ごすことが原則だと言われている。
 禄は静かに首を横に振ると、私の目を優しく見つめる。彼の瞳に促されて、私はぺこっとお父さんに頭を下げた。
「あの、心配かけて……ごめんなさい」
「全くだ。どれだけ肝を冷やしたか……」
 お父さんは一瞬声を荒らげたけれど、すぐにへなへなと力なく椅子に座り、顔を片手で覆う。
 それから、力なく言葉を続けた。
「いや、いいんだ。もう、生きてさえいればそれで……」
「え……」
 思いきり怒られる覚悟をしていた私は、拍子抜けしてしまった。
 まさかこんなに弱気なお父さんを見ることになるなんて……よほど心配をかけてしまったんだろう。
 私は素直に心から反省し、お父さんに近寄り、小指を差し出す。
「この最後の一週間、絶対無理しない。ずっとベッドで安静にしてるって、約束する」
 きっぱりそう言いきると、お父さんは少し驚いた顔をしながらも、不器用に小指を絡める。
 お父さんの指は私の指よりずっと太くて、少し冷たかった。
 禄は何も言わずにそんな私たちを遠巻きに見守っている。
「あのねお父さん、この一週間、禄とも一緒にいたい」
「ああ、もちろんだ」
「ずっとちゃんと紹介してなかったけど、禄は私の大切な人なの」
 突然の紹介に、禄は思いきりうしろでうろたえている。
 しかし、お父さんは眼鏡の奥で目をわずかに細めるだけで少しも動揺しておらず、「そうか」と優しくつぶやいた。