……、…………。

ぽかんと立ち尽くした鳴海に真っすぐの視線を向けているのは、間違いなく梶原だ。その光景を、頭の中で理解できない。

WHAT? なんつった? 今?

由佳は、半歩後ろに居た鳴海を振り向いてきらきらとした笑顔を浮かべている。
鳴海は慌てて梶原に声をかけた。

「梶原? 落ち着いて? あんたがこの場で声を上げるなら『生田』であって、『市原』じゃないでしょ?」

最初の発音が『い』で、同じであったために、緊張のあまり混乱したのかと思った。しかし梶原は視線をそらさず鳴海を見る。

「おっ、俺は……っ、憧れの子よりも、ありのままの俺を受け入れてくれた市原に、改めて交際を申し込みたい!」

ざわざわざわっ。

名残惜しそうに校門付近で記念撮影をしていた卒業生、見送りに並んでいた在校生。その全ての目が鳴海と梶原に注がれた。

ええええ!? あんた、今まで言ってたことと、全然違うじゃん!!

そう戸惑いつつも、何故かじわじわと嬉しさが込み上げてくる。

「梶原、マジで言ってる? 私は『市原』で、由佳が『生田』だよ? それに、交際って、契約じゃなくて?」
「おう! 本気と書いてマジだ!!」
「マジなの!? どうしちゃったのあんた、ホントに!! 男子が支えたくなる女子が好きって言ってたのに!! 私なんて、全然支えたくなるキャラじゃないじゃん!!」

鳴海が混乱しながら言うと、梶原はそうでもない、と真剣な顔で鳴海を見る。

「昨日、俺のこと思って身を引こうとしてた、頭が良すぎて気が回りすぎる市原は、何としても誤解を解いて、余計なことを考えるその頭から守ってやりてーって思った」

はあ? そんなの、気にするに決まってんじゃん!! だって仮にも、……す、好きになった相手を、困らせたくないっていうのは、恋する乙女だったら誰でも思う事じゃないか。

「お前はも少し、栗里や清水を見習えばよかったんだよ」

梶原の言葉で、栗里か清水が、三人が会したあのデートで鳴海が言ったことを、梶原に知らせていたことが分かった。

参ったなー。全部つつぬけなの……。

「お前みたいな才女には、俺みたいな野生児で丁度バランスが取れるんだよ。黙って彼女になりやがれ」
「自分を推すのにそんな言い方しかできないの……」

こんな口説き方、ウイリアムだったら絶対にしない。でも鳴海の心はメープルシロップたっぷりのホットケーキを食べたみたいな幸福感に包まれていた。

「わりぃかよ。俺の頭ではこれが精いっぱいのグッドチョイスだ。さあ、市原の最推し、交代の瞬間だぜ」
「呆れた。図書室で勉強した時間は無駄だったのね……。それに最推しはこれまでもこれからもウイリアムとテリースだけだから。其処はどんだけ頑張っても譲れないから。っていうか、梶原ごときの顔でウイリアムとテリースに取って代わろうなんて千年早いわ。私の推しを軽く扱わないでくれる?」

ちっちっちっ、と舌を鳴らすと、梶原はむっとした顔をして、鳴海に選択を迫った。

「強情張んなって。んで、どうすんの? ホントのところ、彼女になる? ならない?」
「……でも梶原、東京行くんでしょ?」


鳴海は地元に残る。梶原との距離は、結構遠い。鳴海がそう言うと、やっと梶原が不安そうに瞳を揺らした。