栗里と別れた鳴海は教室に戻った。丁度、香織たちが教科書と参考書を前に盛り上がっていた。受験勉強、そんなに楽しいか? と思ったけど違った。会話の端々に「テリースが」とか「これだから『TAL』は裏切らないわよね」だとか聞こえてくる。そう言えば今日はバージョンアップの日だったか。受験勉強一色で忘れていた。萌えセンサーが鈍ってるなあ、と思いつつも、餌が其処にあれば食いつくのがオタクだ。鳴海は梶原みたいに勇気を持ちたいと思い、意を決して香織たちに近づいた。どきん、どきん、と心臓が跳ねる。

「てぃ……『TAL』、……今日、新エピが発表だったんだね」

震える鳴海の声掛けに、香織が振り向いた。

「そうなの! もう乙女のハートを打ち抜いてくる制作陣には感謝しかないわ! 夜のランタン祭りにお忍びデートなんて、リアルのフェスでも想像できそう! ……って、あれ? 市原さんも『TAL』好きだったの?」

よっしゃ! 投げたボールが帰って来たぞ! このままスムーズに会話を続ければ……!!

「そ、そうなの。実は好きだったんだ……。前に、眼中になし見たいなこと言っちゃって、ごめんね」
「え~、いいよそんなの! 気にしてないよ! それより市原さんは誰が好きなの?」
「じ……っ、実は、ウイリアムとテリースが好きでさ……。……いやあ、あの二人の関係性が、たまらなく良いなあと思ってたの……」

ぎゅっと握った手は震えてたけど、笑って言うことが出来た。

言った! 言えたわ!! さあ香織、どう思う!?

どきんどきんと心臓が逸る中、香織はぱああ、っと顔を輝かせ、喜色満面で鳴海に抱き付いてきた。

「うっそ! 市原さんもウイリアムとテリース推し!? 話が分かるじゃない!! 良いよね! あの二人!!」

よし! 香織が食いついてくれた! あとは……、後は……!!

「そっ、そうなの! あの、『国の全てを背負うウイリアムの心の安らぎになっているテリース』、という図が、もうたまらないの……!」

言ったわ!! これで引かれたら私の高校生活終わりだけど、そんなの後悔しない! だって、由佳は受け止めてくれたし……!!

歓喜と怖れとがごちゃ混ぜになった気持ちで香織の反応を窺っていたら、香織は鳴海に抱き付いたまま、奇声を上げた。

「きゃーーーーーーーっ!!! 市原さん、話が分かるじゃない!! 何でもっと早く言ってくれなかったの!? そうなのよ! 『唯一』っていう関係性が良いのよ、たまらないのよ!!」
「そ……っ、そうなの!! ウイリアムはテリースの前でしか、本当の自分をさらけ出せないし、テリースには常に影のように控える立場の自分を光の下に引き出してくれるウイリアムがなくてはならないのよ……!! あの二人は天が定めた魂の番なんだわ……!!」
「市原さん、天才!? そう!! まさに『魂の番』って言葉、ぴったりだわ!!」

香織を中心に集まっていた女子たちが、一斉に鳴海の言葉に賛同してくれた。鳴海は感動と興奮の嵐に包まれていた。引かれなかった……。引かれるどころか、受け入れてもらって、更には鳴海の言葉に賛同までしてくれた……!! どうして今まで言わなかったんだろう!?

その後、香織たち女子は鳴海を囲んだまま、一時間近く教室でオタク話を繰り広げていた。その賑やかな様子を、教室の前を通りかかった梶原が見ていた。