鳴海が、用事があると言う由佳と別れて帰ろうとしたら、校舎の角を曲がったところに居たのは栗里だった。
「僕が取ってあげたキャラぬいが、市原さんの生きがいだったんだね」
聞いていたか、見ていたのか。今も鳴海の鞄のファスナーからはポーチの口から覗く、アクリルキーホルダーの姿が。
「そうなの。あの時はホントに嬉しかった、ありがとう」
心底本音なのでそういうと、栗里はやけに真面目に鳴海を見た。
「僕だったら、市原さんがあのキャラたちを好きでも構わないよ。梶原は生田さんを好きなんでしょ? 僕にしなよ」
「あはは、栗里くんには腐女子なんて似合わないし、もっと真っ当な子を選べるでしょ?」
笑い飛ばして、栗里の脇を通り過ぎようとした。その時、横から手が伸びて、まるでマフラーを撒くみたいに、首から肩を抱き締められた。
「……っ!!」
「僕にしとけばいいのに。……絶対に本当の笑顔にさせてあげるよ……?」
校舎の影を見渡せる渡り廊下の窓から支柱にさっと隠れる人影を、孝也は視界の端に認めたけど、市原を抱き締めた腕は解かなかった。ひゅう、と足元を冷たい風がさらう。もう少ししたらぬるんでくるはずだ。その頃には、孝也も市原も笑えている筈なのに。
「……栗里くんはさ、手に入らないもの(私)だから、手に入れたいって思うだけだよね。それってないものねだりで、恋じゃないと思うんだ」
最初に宣言した言葉が悪かった。あの時は梶原に対抗するばかりで、こんな気持ちになるとは思わなかったのに……。
「違う、僕は……っ」
「違う? だって、狩猟本能なんでしょ? 恋じゃないよ」
「ちが……っ」
言葉に詰まる栗里に、鳴海は淡々と告げる。
「どう違うの? 全校生徒の目の前で、梶原に見せつけるようにして私の手を取ったのは、表面上私の彼氏である梶原に対抗しようとしたからだけじゃないの? それって、男の対抗意識だけで、つまり手を取るのは梶原を悔しがらせる相手なら、私じゃなくても誰だってよかったよね? 梶原が公言してたら、由佳だって良かったわけでしょ?」
「ちが……っ! ……っ、いや……、……そっか。……、そうか……、……うん、そうかも……、そうかもしれない……、ね……」
栗里の胸に去来した想いは何だったのか。それは鳴海には分からなかった……。
交際を断ったからと言って、明日学校休んじゃ駄目だよ、そもそも私のこと好きでも何でもないんだし。
そう言い残して、市原は去った。やれやれ、孝也が本気で告白して落ちなかった女の子は、もしかして初めてじゃないだろうか? というか、市原以上に本気だった恋があっただろうか?
ため息交じりに髪をかき混ぜると、昇降口の方から生田が出てきた。
「……栗里くん……」
「……なに。見てたの……? 趣味悪いなあ……」
きっと今、自暴自棄で、普段のやさしい王子さまを演じられていない。皮肉に曲げた口許に動じることなく、生田が孝也の前に歩み出て、孝也の目を見た。
「……っ、……わたし……っ、……わたし、栗里くんのことが、すき……です……っ」
馬鹿らしくなる。傷心に付け込めば、OKするとでも思ったのだろうか?
「……生田さん、見てたんでしょ? それなのにこのタイミングで告白するって、すっごく卑怯だよね? 僕がそんな気になると思う?」
孝也が、わざと女の子を傷付けようとして言葉を吐いたのは、多分これが初めてだ。生田はそれでも驚きもせずに、孝也を見つめ続けた。
「良いの。伝えたかっただけだから……。なるちゃんがランウエイで寂しそうだったから、なるちゃんを悲しませたくなくて、言えたの……。好きな人が誰をちゃんと好きなのかは、見てきたから分かります……」
微笑んでそう言う生田の輝いた顔に、孝也は一瞬見惚れた。
「聞いてくれて、ありがとうございます。みんなには、何も言わないので……」
そう言って、生田は孝也に頭を下げて去って行った。みんなみんな、孝也の許から去って行く。孝也はそうやってまた、王子さまを演じ続けるのだ……。