由佳は何も言わない。黙って鳴海の言葉を聞き入れている。鳴海は由佳の表情の変化が怖くて、それ以上は由佳の目を見て居られなかった。俯くと、ふと、鞄が視界に入る。ファスナーが開いていて、奥に仕舞った化粧ポーチが見えた。鳴海はのろのろとした動作でそのポーチを取り出し、……一番奥に隠してあった、鏡の巾着袋を取り出した。巾着袋から、梶原がくれたウイリアムとテリースのアクリルキーホルダーが出てくる。由佳が隣からそれを覗き込んだのが分かった。ごくり、とつばを飲み込んで、鳴海は言葉を続けた。
「……香織たちが騒いでた『TAL』のキャラの、ウイリアムとテリース……このキャラのBL妄想してたの……。……引くよね……、……気持ち悪いよね……」
手が、震える……。ここで、由佳に顔を背けられたら……。気持ち悪いものを見る目で見られたら……。でも、確認するために顔を見れない。
ふ……っ、と、鳴海の手にあったかい体温が触れた。……由佳の手だった。
「なるちゃん……」
「ゆ……、……」
名前を呼びかけ切れなかった鳴海に、由佳はやっぱり微笑んでくれた。
「秘密を教えてくれて、ありがとう……。でも、趣味がどうだからとかいう理由では、私はなるちゃんのこと、嫌いにならないよ……。……だって、なるちゃんの良い所、いっぱい知ってるもん。きっとみんなだって、そうだよ。一年の時に総代で壇上に立ったり、二年生から生徒会の役員やって、この前だって文化祭を大成功に収めたなるちゃんと梶原くんのこと、きっとみんなだって、好きだと思うよ?」
ああ。やっぱり由佳は、梶原が好きになるだけの女の子だ……。だから、梶原がゆめかわオタクを叫んでも動じもしないで、それどころか、その後にランウエイで梶原と仲良さそうに手を繋げたのだ。
嬉しい……。由佳の友達で居られて、嬉しかった。ぽろりと、鳴海の目から涙がこぼれた。
「ありがと、由佳……。由佳にそう言ってもらえて……、私、嬉しい……」
こんなに素晴らしい親友を得たのだ。もうこれ以上望まない。鳴海は由佳に背中を撫でられながら、そう思った。
これ以上は、もう贅沢……。
「梶原が私に唯一くれたプレゼントがこれなのよ」
アクキーを揺らしながら、笑っちゃうよね、と鳴海は由佳に言った。
「恋人役にこんなものしかくれなかったの。そんなことも分からないくらい、梶原には好きな人が居るのよ……」
由佳は黙っているだけだった。でも、聞いてもらえただけで心がすっと晴れた。やっぱり、隠し事は良くないんだな……。やっと、分かった……。みんなとも、もっと本気で話してくればよかった。でももう遅い……。
鳴海の告白は、これで、終わり。由佳は秘密を他言しない子だし、鳴海は梶原に告白する気はない。由佳との間で秘密は守られて、それで表面上は、目標だった『彼氏と一緒の卒業式』を迎える。中学卒業の時に立てた目標が達成できるんだもん。ちょっとの不都合くらい、目をつぶらなきゃ。
「ふふふ。馬鹿みたいね。最初っから、分かってたことなのに」
腐女子だもん。妄想でいっぱいいい恋見てきたから、リアルの恋は実らないよ。鳴海はそう思った。由佳は黙って鳴海を見ていた。
冬の風が、鳴海たちの周りを通り過ぎた。校舎の影で、栗里が鳴海たちのことを見ていた……。