十一月も下旬になり、生徒会は代替わりした。文化祭前はあれ程通っていた生徒会室にも、行く必要はなくなった。鳴海は梶原と表向きは恋人関係を保っていたが、以前よりぐっと会うことは少なくなった。目の前には受験がある。恋だのなんだのと、言っていられなくなったのだ。

「なるちゃん……」

由佳が、何故か心配そうに鳴海を見やってきた。

「なに?」
「……なんか、元気ない気がして……。梶原くんと会ってる?」

なんでそんなことを聞くのだろう。由佳には『振り』だと伝えた筈なのに。

「必要ないでしょ、今。みんな受験一色だよ」
「でも、受験が終わったら卒業だし、卒業したら、もう梶原くんと会えなくならない? 後悔しないように、会っておいた方がいいと思うんだけど……」

後悔する、と言われてずきんと心が痛むのは、後夜祭の時と変わらない。しかし、鳴海の場合は自分の心が報われる喜びよりも、梶原の想いが報われる喜び、そして由佳に素晴らしい彼氏が出来る喜びの、二つの喜びを得る方を取るべきだ。二人も幸せになるんだから、そのわきで一人くらい叶わない想いを持ってもおかしくない。もともと梶原も由佳もモテるんだから、ここでおさまらないと余計に辛い思いをする人が増える。此処でおさまるべきなのだ。
梶原は東京の大学に行くと言っていた。鳴海は地元の大学を受験するから、進路は違う。……って、そう言うことじゃなくって。

「なんで、卒業してまで私が梶原と会わなきゃいけないのよ。本当だったら……」

其処まで言って、口を噤んだ。それは、梶原から由佳に伝えられるべきことであって、鳴海が口を出していいことではない。

なるちゃん? と由佳が訝しんだが、鳴海は笑って首を振った。

「本当だったら、三年間、口も利かなかったかもしれない相手なのよ。卒業してまでもはいいわ」

鳴海はそう答えた。どうしてか、由佳が寂しそうに笑って、そして、更に口を開いた。

「あのね……、なるちゃん、文化祭の時に中庭で、なるちゃんと梶原くんの秘密を教えてくれたじゃない……? だから、私もひとつ、秘密を言うけど……、……私も、誰にも言ってなかったんだけど、……私……、好きな人が、居るの……。その人に会いたくて……、なるちゃんを生徒会室に迎えに行ってたの……」

急な話に、鳴海は驚いて由佳の目を見た。由佳は鳴海の目を見つめたまま、恥ずかしそうに微笑んだ。

……あっ、そっか。好きな人が梶原ってわけか……。なるほど、文化祭でランウエイを二人で歩いたことで、由佳は梶原の気持ちを実感したんだろうな。じゃあ、あとは梶原が言うだけじゃん。やっぱり、あのヘタレ男のお尻をもう一度叩かなきゃ。鳴海は嬉しさの脇に染み出てくるじわっとした苦みに気付かないふりをしたまま、微笑んだ。

「そっか……」
「……うん……、そうなの……。……なるちゃんは……?」

由佳が鳴海の両手をそっと握る。……あったかい。由佳は心を籠めて、告白をくれた。梶原もあの時、あれだけ隠したがっていたゆめかわオタクを、どれだけの勇気をもって告白したんだろう。だったら、鳴海の勇気は……? 鳴海が心を籠めて向き合うべき相手は……?

由佳は梶原を好きだと言う。梶原は元から由佳のことが好きだと言っていた。だったら? 鳴海の勇気は……?

どきん、どきんと、心臓が大きく鳴り始めた。

「由佳……。……私……、…………わたしは……」
「……うん」

由佳が何でも受け止めるよ、って笑顔で言ってくれているような気がした。こんなに鳴海に対して誠実な由佳を裏切れない。鳴海は勇気をもって、由佳の目を見た。

「わたし……、本当は……、……腐女子なの……」
「……、…………」