校内は賑わっていた。食品を出すクラスから香る良い匂い、お化け屋敷のクラスから聞こえる笑いと混じった悲鳴、子供たちを集めて簡単な楽器を作るワークショップをするクラスから聞こえる子供たちの賑やかな声。どこもかしこも楽しそうで、その基盤を生徒会の活動で支えられたという思いが、鳴海の心を満たしていた。しかし、気は抜けない。時々文化祭を楽しむのではなく、生徒や来訪者にいたずらをするために訪れる輩が居るからだ。此処まで見回った限りではそう言う輩は見つからなかったけど、巡回範囲を一巡してしまうまでは気を抜けなかった。去年は三年のクラスの前で幼児の迷子が発見されており、親子で見に来ている人たちにも安全な文化祭を届けたかった。
賑わっている廊下を生徒や来訪者を避けて歩く。その時。

前方から、キャーという女子の叫び声が聞こえた。歓声というよりは悲鳴。何かあった、と察知して鳴海は廊下を走った。人だかりをかき分けていくと、廊下の真ん中で由佳と香織が顔の赤い男の人に絡まれていた。……手に、缶ビールの缶を持っている。酔っ払っているのだ。

「なんだ、あんたたちクラスの出し物の客引きしてたんだろ。俺も入れてくれって言ってんだよ」

由佳と香織の二人はアリスブルーのワンピースに白いエプロンをし、『どうぞお立ち寄りください』というプレートを持っている。

「あの……、今、教室は満席で……」
「みなさん、並んでいただいているんです……」
「客引きしてんのに部屋に入(い)れないってどういうことだよお!?」

こわごわと由佳が応じると、男の人は声を荒げた。酔っ払いの所為で、辺りが騒然としてしまっている。こんな行為で三年生最後の文化祭の思い出を汚させたくない。鳴海はそう思ってその騒動の中に割って入った。

「すみません。此処は高校です。学生が沢山居る中にお酒を持ち込んでもらっては困ります」

本当は、こんな風に女子に対して威圧的な男の人に立ち向かうのは怖かった。でも、何より由佳と香織が絡まれているのが、我慢ならなかったのだ。

こういう時、二次創作なら此処にさっと主人公が登場して、わき役を助けてくれるものなんだけど……、そう思いながら赤い顔をした男の人と対峙した。

「なんだあ? お前……。……あ~、なるほど生徒会ってやつかあ。じゃあ、お嬢ちゃん、俺をその権限で、つまみ出しとくれよ。おてて繋いで、さあ!?」

ぐい……っと手を引かれた。流石にぎょっとして身を固くしたけど大人の男の人の力は強かった。
引っ張られる!
そう思った時に、シュっと何かが擦れる音がしたかと思うと、引かれた手首を引き抜き、肩を庇ってくれた人が居た。