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「そろそろ禁断症状が出てきた……」
ぼそりと梶原が呟いた時、鳴海はコンタクトの調子が悪くて、鏡で目を見ていた。梶原の言葉に、そういや最近ゆめかわに会ってないなあ、と思った。鳴海はいつでもスマホを開けば現物のウイリアムとテリースに会えるけど、梶原は基本、グッズしか家になく、ピーロランドまで行かないと現物に会えない。メッセージアプリの壁紙やスタンプのクロピーでは物足りなくなったのだろう。
「じゃあ、近いうちに行く? あんまり文化祭が差し迫ると、身動き取れなくなるから、なるはやで」
「良いのか!?」
ぱあっと顔を輝かせる梶原をかわいいと思ってしまって、我ながら重傷だと思う。なんでこんなことになったんだ。でも仕方ない。梶原が喜んでる様子が嬉しいのだから。鳴海は梶原の為にスマホを操作した。
「今は何のイベントをやってるんだろ……、あ」
画面をスクロールしていて、とてもいいイベントを見つけてしまった。これを予約したら、きっとクロピー好きの梶原が喜んでくれそうだ。すっすっすっ、と画面を操作して兎に角日だけ抑えてしまう。ピーロなら梶原は絶対断らない筈だからという謎の自信をもって、鳴海は梶原に声を掛けた。
「じゃあ、来週の日曜日どう?」
「なに? デート?」
梶原の返事を聞こうと思って梶原にしか意識が行ってなくて、背後から鳴海の手元を覗き込んだ栗里に気付かなかった。
「わあ! びっくりさせないでよ、栗里くん!」
「いや、生徒会室でなにデートの計画してんの、って話でしょ」
「会議はちゃんと聞いてるじゃない。私語禁止でもあるまいし、何喋ってても文句言われる筋合いはないわ。栗里くんだって清水さんとよく話してるでしょ」
鳴海が言うと、まあそうだけど、と言って栗里が話を続ける。
「でも、もしかして梶原がピーロランドを好きだったの? 以前デートで行ったとか言ってた時は、女の子受けするからって理由だったって話だったけど」
栗里の言葉に驚いた。まさか梶原の呟きから聞いていたとは思わなかった。鳴海は慌てて取り繕う。
「ちっがうよ! 私が好きなの!! 最初のデートの時も私がお願いして……」
そこに声を上げたのは清水である。
「えー、でも市原先輩の持ち物って、どっちかってシンプルでシックなものが多いですよね? 筆箱とか、化粧ポーチとか、グレー系が多いし……」
はっとした。確かに高校デビューを目指してオタクっぽい持ち物は封印した。オタクっぽいものの正反対のものを持とうと思って、シンプル・シックを心掛けて持ち物を選んでいた。成績の所為もあるが、才女、というイメージを持たれたのは、身の回りの物のイメージもあるのかもしれない。
(ヤバい、どう言い訳したら……)
鳴海が言葉に詰まったのを、まるで引き受けるかのように梶原が口を出した。
「ポーチは俺がプレゼントしたから、ちょっと大人っぽかったかもしれないな。わりいな、市原」
ナイスフォローだわ! 梶原!! 鳴海は直ぐに梶原に続く。
「良いのよ、梶原。私も梶原に似合う彼女になりたくて頑張ってるの。水差さないで。二人とも」
ふう、ん? と疑問露わな栗里と清水に、今日の会議の資料を渡してしまう。もうさっさと仕事を始めてしまおう。梶原とは、あとはメッセで何とかしたらいい。今直近で口頭でのピーロランドというワードはヤバい。
鞄から出ていたポーチを二人の視線から隠すように仕舞おうとした。その時に梶原がパッとポーチに手を出してきた。
「あぶねー! 零れるだろが!!」
梶原の叫びに驚いてその手を見ると、大きな手が鳴海のポーチの開いていたファスナーの隙間から見えていた、梶原に貰ったウイリアムとテリースのアクキーの頭を隠していたのだ。
(うおっ!! ヤバかった!! ナイスフォローよ、梶原!)
(うっかり過ぎるだろ、お前!! 今の状態でこれ見られたら、どうするつもりだったんだ!!)
視線のやり取りで、お互いの言いたいことは分かった。これは鳴海がうっかりしすぎた。何時もならアクキーを入れた鏡の巾着はポーチの一番底に収めているのだが、さっきコンタクトの調子を見る為に鏡で目を見ていたのだ。だから巾着に戻した鏡を、ポーチに挿したままだった。あの後、梶原の為の良いアイディアを思いついてしまったため、巾着の扱いが疎かになっていたのだ。うかつだったことを認め、内心謝罪した。
(ホンット、ごめん! その代わり、今度の日曜は絶対喜ばせてあげるから!!)
早く喜色満面な梶原の顔が見たい。鳴海は手元の資料に視線をやりながら、そう思った。