*
「では、第六回生徒会役員会を終わります」
秋になった。もう直ぐ文化祭があるため、生徒会はにわかに忙しくなる。各クラス、各部の出し物の可否や、特別教室の使用許可、備品の貸し出しの仕分け等々。今日は講堂のステージの使用スケジュールの打ち合わせだった。ステージの使用許可を受けたクラスや部活がそれぞれの使いたい時間をすり合わせが行われ、おおよその希望者は13時半から14時の希望で揉めたのたが(外部来客たちが一通り昼ごはんを済ませた頃合い)、最終的には梶原の一声で順番に決着がついた。こういう強引な技は、梶原にしか繰り出せない。鳴海だと全員の意見を聞いてしまうし、栗原では女子を優先して生徒会が恨みを買うことになってしまう。一年生の清水が口を出したりしたら言わずもがなだ。
委員たちが生徒会室を出て行ったあと、鳴海たち役員は残って議事録を作ったり、教師に提出する講堂のスケジュール表を入力したりしていた。
「なるちゃん」
「あ、由佳」
由佳が生徒会室のドアから部屋の中を覗いてきたのは、もう長くもなくなった陽が落ちようと言う頃だった。鳴海は、清水と一緒に議事録を纏めて、この前の役員会でまとめた文化祭での備品の貸し出し要望書に目を通していたところだった。
「もう少しで終わりそうなの。入って待ってて」
鳴海がそう言うと、由佳はいいの? と言って、遠慮がちに生徒会室に入って来た。すると、背後でバサバサっと大量の紙が落ちた音がした。振り向くと、分厚いファイルに挟んであった、去年までの文化祭の出し物やそれに付随する貸与物の確認表から生徒が配ったリーフレットの原稿までを、梶原が床に見事にばらまいていた。
「あー、あー、あー、何してんの……。折角インデックス挟んで書類ごとに分けてあったのに……」
「ご、ごめん。俺が片付けるから、市原は気にせず続けてくれ」
「いいわよ。二人で片付けた方が早いじゃない」
「でも、そっちの備品のピックアップも途中だし、それに次回までに全委員に配布する資料を作らなきゃいけないだろ? そっちを優先してくれ」
梶原がそう言って手を動かす。席から立ち上がりかけた鳴海の前に出たのは由佳だった。
「なるちゃん忙しそうだから、私が手伝います。それなら書類は早く片付くし、なるちゃんの仕事も滞らないでしょ?」
にこっと微笑んで梶原の手伝いを率先してやるところなんか、まさしく由佳だなあと思う。タイミング悪く部屋に入って来ただけなのに、自ら進み出てそう言うことを言える由佳のことを、鳴海は好いていた。
「ごめんね、由佳。書類の右上に書いてある分類ごとに分ければ良いだけだし、分けたらファイリングは梶原に任せれば良いわ」
「うん」
ばらばらになった紙を拾っていく由佳から自分の目の前の議事録に集中しようとして、また、あっ! と梶原の声が聞こえた。
「わ、わりぃ!」
「ううん、気にしないで」
其方に目をやると、どうやら二次創作にありがちな、落とした物を手分けして拾っていたら、手が触っちゃいましたパターンであることが分かった。梶原は頬から耳のあたりを真っ赤にしているが、由佳は気づかずそのまま作業を続けている。
しかし梶原。春に鳴海の肘に腕を当てた時はなんてことない顔をして、むしろその後に鳴海のスマホを見てたくらみ顔をしたくせに、由佳と手がちょっと触れたくらいで、あんなに赤くなったりする? と思って、鳴海は、はっはーん、と思った。これはあやつ、由佳に惚れてるな? 確かに由佳は気遣いも出来て人当たりも良い。顔も可愛いし、女子の鳴海ですら思わず守ってあげたくなるような、安らいだ雰囲気を醸し出している女の子だ。男子が気にしないわけないだろう。香織に言わせれば、入学時からその美貌と頭脳で話題だった鳴海に梶原という彼氏が出来て以来、由佳の存在は急上昇株になったそうだ。鳴海と梶原は契約カップルだし、梶原が鳴海に恋愛感情がまるでないことは分かっている。だから梶原が由佳を好きになっても、それは自由なのではないだろうか。むしろ、契約なんて止めちゃって、梶原は自分の気持ちに素直になって由佳に告白すべきではないのか。
「そ……っ、そういえばよ、生田」
「なあに?」
「ぶ、文化祭の……、ミスコンの……入賞者に、花冠でも、出したら……って案が、さっき出たんだけどよ、……、……生田、花冠作ってくれそうな店……、とか、……心当たり、……ねーか? じょ、女子っぽいことなら、生田に聞くのが一番かな……って思ってさ……」
ぎっこちな!! なんだその小学生ガキ大将でも言わない、ぎこちない台詞!!
鳴海がツッコミを入れている間にも、由佳は、そうだな、フラワーアレンジメントの先生に聞いてみるね、などと応えていた。その時の由香の微笑みに、梶原が耳を赤くしてデレッと鼻の下を伸ばした。
あー……、バレバレなのよね、梶原……。私と契約やってる場合じゃないじゃん……。
そう思ったところだった。その梶原と由佳の様子をじっと見ている栗里に目が行った。
……ヤバいかもしれない。
梶原があんなにあからさまに女子に対して動揺してデレデレするところなんて、鳴海でも見たことない。というか、表面上、彼女がいる前で他の女子に対して顔を赤くした梶原は、今、絶対に栗里の不信を買った。栗里がゲーム感覚で鳴海を落とそうとしている今だからこそ、栗里は鳴海と梶原の行動を観察していたのだろうし、梶原は動揺したらいけなかった。
ちらりと鳴海の方に視線を寄越してきた栗里から目を逸らす。こういうバレ方をするとは思っていなかった鳴海は、どう対処すべきか考えた。
一. 栗里が契約関係を疑問視するだけだったら、今ちょっと喧嘩中だとかなんとか言ってごまかせるんじゃないか。梶原は当てつけのように鳴海に示しただけであって、本当はちゃんと鳴海と恋人関係であると言い切ってしまう。
二. 栗里が梶原に真意を聞きに行った場合。もし、あのへたくそな演技で誤魔化そうものなら、たちまちこの契約関係はバレる。その時、栗里は梶原に対して何を要求してくるのだろうか。鳴海との契約解消だったら、栗里が原因で契約が解消になっても、お互い秘密はバラさないことを、梶原に誓っておいてもらわないといけない。
三. 栗里が鳴海に真意を問うてきた時。鳴海が上手にシラを切りとおすか、あるいはどうしてもごまかせなかった場合、何か要求をのむことで嘘の恋人であることを黙っていてもらう事しかないのではないか。その場合は、栗里には嘘の恋人であることを口止めしなければならない。
考えを巡らせていた時。
「市原さん。後でちょっと、良いかな?」
栗里に言われた。梶原は気づかなかった。
「では、第六回生徒会役員会を終わります」
秋になった。もう直ぐ文化祭があるため、生徒会はにわかに忙しくなる。各クラス、各部の出し物の可否や、特別教室の使用許可、備品の貸し出しの仕分け等々。今日は講堂のステージの使用スケジュールの打ち合わせだった。ステージの使用許可を受けたクラスや部活がそれぞれの使いたい時間をすり合わせが行われ、おおよその希望者は13時半から14時の希望で揉めたのたが(外部来客たちが一通り昼ごはんを済ませた頃合い)、最終的には梶原の一声で順番に決着がついた。こういう強引な技は、梶原にしか繰り出せない。鳴海だと全員の意見を聞いてしまうし、栗原では女子を優先して生徒会が恨みを買うことになってしまう。一年生の清水が口を出したりしたら言わずもがなだ。
委員たちが生徒会室を出て行ったあと、鳴海たち役員は残って議事録を作ったり、教師に提出する講堂のスケジュール表を入力したりしていた。
「なるちゃん」
「あ、由佳」
由佳が生徒会室のドアから部屋の中を覗いてきたのは、もう長くもなくなった陽が落ちようと言う頃だった。鳴海は、清水と一緒に議事録を纏めて、この前の役員会でまとめた文化祭での備品の貸し出し要望書に目を通していたところだった。
「もう少しで終わりそうなの。入って待ってて」
鳴海がそう言うと、由佳はいいの? と言って、遠慮がちに生徒会室に入って来た。すると、背後でバサバサっと大量の紙が落ちた音がした。振り向くと、分厚いファイルに挟んであった、去年までの文化祭の出し物やそれに付随する貸与物の確認表から生徒が配ったリーフレットの原稿までを、梶原が床に見事にばらまいていた。
「あー、あー、あー、何してんの……。折角インデックス挟んで書類ごとに分けてあったのに……」
「ご、ごめん。俺が片付けるから、市原は気にせず続けてくれ」
「いいわよ。二人で片付けた方が早いじゃない」
「でも、そっちの備品のピックアップも途中だし、それに次回までに全委員に配布する資料を作らなきゃいけないだろ? そっちを優先してくれ」
梶原がそう言って手を動かす。席から立ち上がりかけた鳴海の前に出たのは由佳だった。
「なるちゃん忙しそうだから、私が手伝います。それなら書類は早く片付くし、なるちゃんの仕事も滞らないでしょ?」
にこっと微笑んで梶原の手伝いを率先してやるところなんか、まさしく由佳だなあと思う。タイミング悪く部屋に入って来ただけなのに、自ら進み出てそう言うことを言える由佳のことを、鳴海は好いていた。
「ごめんね、由佳。書類の右上に書いてある分類ごとに分ければ良いだけだし、分けたらファイリングは梶原に任せれば良いわ」
「うん」
ばらばらになった紙を拾っていく由佳から自分の目の前の議事録に集中しようとして、また、あっ! と梶原の声が聞こえた。
「わ、わりぃ!」
「ううん、気にしないで」
其方に目をやると、どうやら二次創作にありがちな、落とした物を手分けして拾っていたら、手が触っちゃいましたパターンであることが分かった。梶原は頬から耳のあたりを真っ赤にしているが、由佳は気づかずそのまま作業を続けている。
しかし梶原。春に鳴海の肘に腕を当てた時はなんてことない顔をして、むしろその後に鳴海のスマホを見てたくらみ顔をしたくせに、由佳と手がちょっと触れたくらいで、あんなに赤くなったりする? と思って、鳴海は、はっはーん、と思った。これはあやつ、由佳に惚れてるな? 確かに由佳は気遣いも出来て人当たりも良い。顔も可愛いし、女子の鳴海ですら思わず守ってあげたくなるような、安らいだ雰囲気を醸し出している女の子だ。男子が気にしないわけないだろう。香織に言わせれば、入学時からその美貌と頭脳で話題だった鳴海に梶原という彼氏が出来て以来、由佳の存在は急上昇株になったそうだ。鳴海と梶原は契約カップルだし、梶原が鳴海に恋愛感情がまるでないことは分かっている。だから梶原が由佳を好きになっても、それは自由なのではないだろうか。むしろ、契約なんて止めちゃって、梶原は自分の気持ちに素直になって由佳に告白すべきではないのか。
「そ……っ、そういえばよ、生田」
「なあに?」
「ぶ、文化祭の……、ミスコンの……入賞者に、花冠でも、出したら……って案が、さっき出たんだけどよ、……、……生田、花冠作ってくれそうな店……、とか、……心当たり、……ねーか? じょ、女子っぽいことなら、生田に聞くのが一番かな……って思ってさ……」
ぎっこちな!! なんだその小学生ガキ大将でも言わない、ぎこちない台詞!!
鳴海がツッコミを入れている間にも、由佳は、そうだな、フラワーアレンジメントの先生に聞いてみるね、などと応えていた。その時の由香の微笑みに、梶原が耳を赤くしてデレッと鼻の下を伸ばした。
あー……、バレバレなのよね、梶原……。私と契約やってる場合じゃないじゃん……。
そう思ったところだった。その梶原と由佳の様子をじっと見ている栗里に目が行った。
……ヤバいかもしれない。
梶原があんなにあからさまに女子に対して動揺してデレデレするところなんて、鳴海でも見たことない。というか、表面上、彼女がいる前で他の女子に対して顔を赤くした梶原は、今、絶対に栗里の不信を買った。栗里がゲーム感覚で鳴海を落とそうとしている今だからこそ、栗里は鳴海と梶原の行動を観察していたのだろうし、梶原は動揺したらいけなかった。
ちらりと鳴海の方に視線を寄越してきた栗里から目を逸らす。こういうバレ方をするとは思っていなかった鳴海は、どう対処すべきか考えた。
一. 栗里が契約関係を疑問視するだけだったら、今ちょっと喧嘩中だとかなんとか言ってごまかせるんじゃないか。梶原は当てつけのように鳴海に示しただけであって、本当はちゃんと鳴海と恋人関係であると言い切ってしまう。
二. 栗里が梶原に真意を聞きに行った場合。もし、あのへたくそな演技で誤魔化そうものなら、たちまちこの契約関係はバレる。その時、栗里は梶原に対して何を要求してくるのだろうか。鳴海との契約解消だったら、栗里が原因で契約が解消になっても、お互い秘密はバラさないことを、梶原に誓っておいてもらわないといけない。
三. 栗里が鳴海に真意を問うてきた時。鳴海が上手にシラを切りとおすか、あるいはどうしてもごまかせなかった場合、何か要求をのむことで嘘の恋人であることを黙っていてもらう事しかないのではないか。その場合は、栗里には嘘の恋人であることを口止めしなければならない。
考えを巡らせていた時。
「市原さん。後でちょっと、良いかな?」
栗里に言われた。梶原は気づかなかった。