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その日鳴海は、朝ぐったりしながら登校した。理由は簡単。何時もならベッドでピッシブ漁りをしている時間から起き出して、いつもより一時間早く家を出て、学校に登校するまでの間に寄れるだけのコンビニに寄って来たからだ。それだけの行動をしても、釣果があれば疲れなんて感じなかっただろう。しかし、鳴海の欲しかった、本日から全国のコンビニでコラボ発売の『TAL』のキャラクターアクリルキーホルダーが何処にもなかったのだ。
いや、売れ残ってるキャラクターもあった。しかし鳴海が欲しいウイリアムとテリースのアクリルキーホルダーは何処を探してもなかった。
(やっぱりウイリアムとテリースは人気投票でもTOP5に入るから、油断しちゃ駄目だったんだわ!! もっと早くに家を出れば良かった! 何時から入荷してたんだろう!?)
帰りにもコンビニをくまなく探してみよう。そう決めて、朝の徒労を感じながら教室に入ると、香織がクラスメイトときゃいきゃいと騒いでいた。
「あ~、コンビニ30軒巡ってようやく見つけたのよ、今日からコラボの『TAL』アクキー! 全キャラ揃えるの、大変だったわ~。しかも最後のコンビニでまさかのダブりが出て、アスターとウイリアムが被ってんのよ。これマルカリに出したら高く売れるかな?」
(ええっ、なんだって!? アスターには興味ないけど、ウイリアムのアクキーがこんなに近くにあるなんて!! しかもダブりで高額転売考えてる!? やめて!! ウイリアムはそんな不正行為を許さないわ!!)
鳴海の心の声もむなしく、香織はマルカリに出品登録したようだった。推しを使った不正行為にギリギリと歯ぎしりをする思いで席に座っていた鳴海に、梶原が声を掛けてきた。
「おう、昨日は金サンキュ。借りてた分、返すわ。……って、なんて顔してんだ。般若みたいな目つきして」
「般若で悪かったわね。今、人生サイコーの憎しみを感じているところよ」
両手を机の上で握りしめ、肩と拳をぶるぶると震わせていれば、何かに怒っているという気持ちは知れてしまうらしい。封筒に入った二万円を鳴海に返すと、梶原は「んで、何があったんだ」と問うてきた。教室でウイリアムのことを話すわけにもいかず、梶原を廊下へ誘った時、香織の興奮した声が聞こえた。
「うっそ! もう買い手がついた! やっぱ『TAL』は人気あるね~!」
ぴっきーん。
今、確実にこめかみに青筋たった。そう自覚したとき、梶原は、はっはーん、という訳知り顔をした。鳴海は梶原の制服の袖を引いて廊下に出ると、教室の扉から離れてキッと梶原に向き直る。
「昨日、あんたにほだされたのがバカみたい! 私が呪詛を唱えそうになってるのを面白がってるなんて!」
目が怒りで潤みそうになった鳴海に、梶原は、いや、そんなことは、と言った。
「なにが『そんなことは』よ! いかにも高みの見物で面白がってる顔したじゃない!」
ウイリアムに関することで憎しみを感じた、なんてゲームの中で彼に知れたら、「そんな感情は捨てて、僕に全てを委ねてごらん?」と言ってくれるのに。やっぱりリアル男子は気が利かない。そう思った時に、鳴海の耳元で甘いテノールが囁いた。
「そんな感情は捨てて、僕に全てを委ねてごらん?」
「ひゃあ!?」
咄嗟に息が吹き掛けられた耳を押さえて背後を振り向くと、其処には栗里がいた。ウイリアムに似ていると言われる整った顔に微笑を浮かべて、鳴海を見つめる栗里から発された声は、いつもの栗里の声よりも低く抑えられていて、まるでゲームの中でウイリアムが囁いてくるような声だった。そんな声を耳元で、しかもウイリアムの台詞そのもので聞いてしまって、鳴海は此処が学校だと言うのに、一瞬ゲームに熱中しているときのような錯覚を覚えてどきどきしてしまった。ちょっとほっぺたが熱い。
「く、栗里くん……! なによ、急に……」
鳴海の動揺を喜ぶように栗里は、おはよ、と声を掛けた。
「なんか喧嘩かな? と思ったから、チャンスかなと思って。ねえ、ちょっとドキッとしなかった? 今の台詞、『TAL』のキャラクターの台詞なんだよ。清水にねだられて声真似させられてたんだけど、こういう台詞に女の子はときめくんだよね。どう? ドキッとしなかった?」
にこにこと邪鬼のない笑みを浮かべておいて、その実、女子受けを狙っているとは根性が悪い。ウイリアムはそんな心根でその台詞を言わないし、鳴海の妄想の中ではその言葉はテリースに向けて言う言葉だ。
「しないわよ。っていうか、いきなり耳元で囁かないで。そんなエロいことは妄想の世界だけで十分よ」
「妄想? 市原さんはそういう事を考えるんだ?」
その日鳴海は、朝ぐったりしながら登校した。理由は簡単。何時もならベッドでピッシブ漁りをしている時間から起き出して、いつもより一時間早く家を出て、学校に登校するまでの間に寄れるだけのコンビニに寄って来たからだ。それだけの行動をしても、釣果があれば疲れなんて感じなかっただろう。しかし、鳴海の欲しかった、本日から全国のコンビニでコラボ発売の『TAL』のキャラクターアクリルキーホルダーが何処にもなかったのだ。
いや、売れ残ってるキャラクターもあった。しかし鳴海が欲しいウイリアムとテリースのアクリルキーホルダーは何処を探してもなかった。
(やっぱりウイリアムとテリースは人気投票でもTOP5に入るから、油断しちゃ駄目だったんだわ!! もっと早くに家を出れば良かった! 何時から入荷してたんだろう!?)
帰りにもコンビニをくまなく探してみよう。そう決めて、朝の徒労を感じながら教室に入ると、香織がクラスメイトときゃいきゃいと騒いでいた。
「あ~、コンビニ30軒巡ってようやく見つけたのよ、今日からコラボの『TAL』アクキー! 全キャラ揃えるの、大変だったわ~。しかも最後のコンビニでまさかのダブりが出て、アスターとウイリアムが被ってんのよ。これマルカリに出したら高く売れるかな?」
(ええっ、なんだって!? アスターには興味ないけど、ウイリアムのアクキーがこんなに近くにあるなんて!! しかもダブりで高額転売考えてる!? やめて!! ウイリアムはそんな不正行為を許さないわ!!)
鳴海の心の声もむなしく、香織はマルカリに出品登録したようだった。推しを使った不正行為にギリギリと歯ぎしりをする思いで席に座っていた鳴海に、梶原が声を掛けてきた。
「おう、昨日は金サンキュ。借りてた分、返すわ。……って、なんて顔してんだ。般若みたいな目つきして」
「般若で悪かったわね。今、人生サイコーの憎しみを感じているところよ」
両手を机の上で握りしめ、肩と拳をぶるぶると震わせていれば、何かに怒っているという気持ちは知れてしまうらしい。封筒に入った二万円を鳴海に返すと、梶原は「んで、何があったんだ」と問うてきた。教室でウイリアムのことを話すわけにもいかず、梶原を廊下へ誘った時、香織の興奮した声が聞こえた。
「うっそ! もう買い手がついた! やっぱ『TAL』は人気あるね~!」
ぴっきーん。
今、確実にこめかみに青筋たった。そう自覚したとき、梶原は、はっはーん、という訳知り顔をした。鳴海は梶原の制服の袖を引いて廊下に出ると、教室の扉から離れてキッと梶原に向き直る。
「昨日、あんたにほだされたのがバカみたい! 私が呪詛を唱えそうになってるのを面白がってるなんて!」
目が怒りで潤みそうになった鳴海に、梶原は、いや、そんなことは、と言った。
「なにが『そんなことは』よ! いかにも高みの見物で面白がってる顔したじゃない!」
ウイリアムに関することで憎しみを感じた、なんてゲームの中で彼に知れたら、「そんな感情は捨てて、僕に全てを委ねてごらん?」と言ってくれるのに。やっぱりリアル男子は気が利かない。そう思った時に、鳴海の耳元で甘いテノールが囁いた。
「そんな感情は捨てて、僕に全てを委ねてごらん?」
「ひゃあ!?」
咄嗟に息が吹き掛けられた耳を押さえて背後を振り向くと、其処には栗里がいた。ウイリアムに似ていると言われる整った顔に微笑を浮かべて、鳴海を見つめる栗里から発された声は、いつもの栗里の声よりも低く抑えられていて、まるでゲームの中でウイリアムが囁いてくるような声だった。そんな声を耳元で、しかもウイリアムの台詞そのもので聞いてしまって、鳴海は此処が学校だと言うのに、一瞬ゲームに熱中しているときのような錯覚を覚えてどきどきしてしまった。ちょっとほっぺたが熱い。
「く、栗里くん……! なによ、急に……」
鳴海の動揺を喜ぶように栗里は、おはよ、と声を掛けた。
「なんか喧嘩かな? と思ったから、チャンスかなと思って。ねえ、ちょっとドキッとしなかった? 今の台詞、『TAL』のキャラクターの台詞なんだよ。清水にねだられて声真似させられてたんだけど、こういう台詞に女の子はときめくんだよね。どう? ドキッとしなかった?」
にこにこと邪鬼のない笑みを浮かべておいて、その実、女子受けを狙っているとは根性が悪い。ウイリアムはそんな心根でその台詞を言わないし、鳴海の妄想の中ではその言葉はテリースに向けて言う言葉だ。
「しないわよ。っていうか、いきなり耳元で囁かないで。そんなエロいことは妄想の世界だけで十分よ」
「妄想? 市原さんはそういう事を考えるんだ?」