その日の放課後は、委員会に出席するために、梶原が図書室での勉強会をしない、と言ってきていたから、帰りに由佳と(普通の)カフェに行くことにしていた。ところが終礼が終わってから、由佳は机の上にノートと資料を広げだした。

「どうしたの? 由佳のグループ、終わらなかったの?」

それにしては授業での同じグループの香織たちは帰ってしまっている。由佳は笑いながら、

「香織ちゃん以外の子は出来てたんだけど、香織ちゃんが授業中にまとめきれなかったの」

そう言って由佳はノートにシャーペンを走らせた。

「じゃあ、その香織はどうしたの?」
「うん、なんか、大事な用があるって言ってたよ」

微笑みながら、由佳はノートに資料から導き出されるデータを纏めていく。すらすらと細い指がきれいな字を綴り、ふうん、と思って由佳が終わるのを待っていた。そこに声を掛けたのは、梶原だ。

「河上は、あれだろ、デートだったんだろ」

ガラッと教室の扉を開けて自分の席に忘れ物のノートを取りに来た梶原は、由佳にそう言った。

「うん。だけど、今日、彼氏の誕生日なんだって」

プレゼント選びに行くって言ってたから、遅れられないだろうなと思って。
それでレポートを代わったという事か。まだ発表会前だから香織も来週以降で挽回は効くだろうけど、なんとも自分本位なところがあるものだ。

「駄目だよ、由佳。香織を甘やかしちゃ」
「かわいいじゃない。好きな人の為に一生懸命なの」

ふふふ、と由佳が人の良さそうな笑みを浮かべる。やさしくて人当たりが良いから、由佳に頼めば多分断られない、ってことは、なんとなくクラスの皆が知っていることだけど、これは香織にちゃんとひと言、メッセを送っておかなければならないな。今日、レポートの二回目の提出がなければ、香織もこんな無理を由佳に頼まなかっただろうことは、鳴海も分かっている。でも、だからこそ、学校の決まりは守らなくちゃ駄目だ。

「生田はお人よしだな」

梶原が笑って言うのに、由佳は微笑んだ。

「良いの。香織ちゃん、授業中に、絶対残らないって言って、凄く頑張ってたんだから。他の子が持ってたテーマのディスカッションに時間が取られちゃって、香織ちゃんの時間が足りなかったのよ。流石に授業中にいい加減だったら、私も引き受けないわ」

高校生版聖母マリアが居るとしたら、まさしく由佳だろうと思う。そういう、香織の恋を見守るやさしい微笑みを、由佳はしていた。

「……生田、損するタイプだろ。……そんなところが生田らしいけどな」
「ふふ、私らしいってどんなだろ。損、だなんて思ったことないけど、損なのかなあ?」

損を買って徳を得るタイプかな。鳴海は微笑む由佳を見ていてなんとなくそう思った。

「由佳、私も手伝うわ。半分こしたら早く終わるでしょ。早く終わらせて、ホットケーキ食べにいこ」

鳴海が香織の隣の席に座って、資料を半分引き受けた。梶原は、手伝ってやれなくてわりーな、と言って、忘れ物のノートをもって委員会に戻って行った。