「いや、ゲームの絵と人間の栗里くんを似ているかどうかと言われても、ピンとこなかっただけよ。大体、髪の色だって目の色だって違うじゃない」
「生田さんと河上さんは雰囲気が似てるって言ってくれただけで、なにも生き写しって言ったわけじゃないと思うけど」

栗里は、どうしてもみんなと『TAL』の話がしたいのだろうか? やけに絡んで来るけど。

「でも、自分じゃないものに例えられて、それに似てるから良いねって、それってその人を褒めてるのかな? 私は違うと思うけど。キャラクターはキャラクター、栗里くんは栗里くんだと思う」

あくまでもウイリアムを栗里から庇いたい意図で鳴海が言うと、栗里はまじまじと鳴海を見て、それからふっと微笑んだ。

「この前袖にした相手を良く言ってくれるんだね。期待しちゃうなあ」

あっ、そうだった。そう言えばこの人に遊びでナンパされてたんだった。
鳴海ははっと気付いて、別に深い意味はないよ、と慌てて付け加えた。

「誰だって人から勝手にイメージを植え付けられたら嫌でしょ? それの所為で自分が正当に評価されなかったら、悲しいじゃない。だから栗里くんのことも同じだと思っただけ」

言ってて本当にそうだと思った。だって鳴海だって中学の時に『腐女子』というイメージで見られていたから、まるでクラスの汚点みたいに扱われたのだ。別に学校で問題行動を起こしたわけでもないし、むしろ文化祭、体育祭の準備には積極的に参加した。他のクラスメイトと同じだった。ただ、好きなものがBLだっただけだ。だから環境が変わったこの高校でやり直そうと思っているわけだし、鳴海が中学の時に受けた仕打ちと似たようなことが、栗里に降りかからないと良いなと思っただけだ。
鳴海が言葉を切ると、栗里はにこりと微笑んで、嬉しいな、と言った。

「どんな些細な気持ちの変化でも、市原さんを落とすきっかけになる可能性はあるからね。まずは僕に興味を持ってもらえて、良かったよ」

違う違う、そんなんじゃない。

「一般論よ。栗里くんに特別そう思ってるわけじゃないから」
「でも庇ってくれたのは事実だし。そういう何気ない心の揺れが、いずれ大きな恋になるんだよ。僕のことを見向きもしなかったのに、ガラッと変わるんだ。そういうのに、僕は弱いんだよね。だから市原さんは、最初から僕のことを恋愛対象として見ていない時点で、僕の恋愛対象としてアリなんだよ」

諦めない栗里の言葉に、周りの女子たちがきゃあきゃあ言ってる。でも、今、鳴海が腐女子だって周りの女の子たちが知っていたら、絶対呑気に騒いで持ち上げたりなんかしてないだろう。きっと、その子腐女子だよ、栗里くんに似合わないよ、って言うに決まってる。そういうレッテル貼りで傷付いてきたから、今、鳴海はそんなレッテル貼らせないように振舞っているし、だから栗里も騙されてるんだと思う。

……騙す?

「……、…………」

そうだ。今、鳴海は、栗里だけでなく、由佳も香織も、他のクラスの皆も、何ならこの学校の生徒教師全てを騙している。本当なら騙さずに済めばいいのに、世間の目がそれを許さない。
……腐女子であることが、そんなに悪いことなのか。
ちょっとした趣味じゃないか。誰だって、趣味は持ってるはずだし、その趣味に貴賤の差はない筈だ。それなのに、ちょっと人と違う趣味だからといって白い目で見られたりするのはおかしい。
鳴海はぐっと手を握った。

……でも、今ここで、自分が腐女子だと公言する勇気はない。偉そうなことを考えたって、実際怖いのだ、中学の時みたいに周りから白い目で見られるのが。あの時はまだ仲間が二人いたから耐えられたけど、卒業式の時の打撃は今も心に残っている。

……やだなあ、嘘ついてるの……。

そうは思っても、今の鳴海に勇気はない。俯きそうになるのを堪えて、鳴海は微笑んでいる栗里にくぎを刺した。

「私は(契約してる以上)梶原と別れるつもりはないし、だから栗里くんの思惑通りにはならないと思うな」

栗里は鳴海の言葉にあはは、と笑った。

「やだな、ますます落としたくなるよ。自信はあるんだ。まあ、市原さんも、梶原と僕を良く比べるといいよ」

栗里はそう言って鳴海の席から離れていった。なんか厄介な人に目を付けられたなあ。なんで栗里は鳴海なんかが良いと思うんだろう。鳴海は悩みながらお弁当箱を仕舞うと、午後の授業の支度を始めた。由佳は一連の様子をじっと見ていた。