鳴海は中学の時、その腐女子ぶりで男子に引かれてた。引かれてた、なんてかわいいもんじゃない。ドン引きだ。男子は面白おかしく「腐女子だってよ~。俺とあいつでも『ラブラブ♡妄想』すんのかよ~。ひゃー、やだやだ! キモッ!」などと囃したたれ、女子からは「男同士だなんて、頭おかしいんじゃないの?」と冷ややかな目で見られた。ただ、二人の同志には恵まれた。鳴海は常にその友達たちと常に一緒に居て、中学生活を萌えと共に楽しく過ごした。二人は大人しい性格だったから、二人が男子に冷やかされるのを矢面に立って守りに行った。
「なんだよ、お前らの『妄想』を寸劇してやろうって言ってんじゃん~」
「見せてみろよ、そのスマホの中!」
廊下でクラスの男子にからかわれてる二人と男子の間に、今日も鳴海は割って入る。
「何度言ったら分かるの! 萌えは個人の大事な志向であって、人にひけらかすものじゃないのよ! 同じこと何度も言わせるなんて、やっぱりリアルは頭悪いわね! 私たちの推しなら一度聞いたことは絶対忘れないわ!!」
「『推し』だってよ! けっ、笑わせるわ! 所詮二次元の空想からのできものだろ! 生身の俺らが下に言われる筋合いはねーわ!」
水をかけられたり、軽く叩かれたりしたことなんて、一度や二度じゃない。男子にしてみたら軽い憂さ晴らしなのかもしれないけど、女子の鳴海には結構な痛手だった。それでも推しが悪く言われるのも、同志の友達が悪く言われるのも嫌だった。
「全く! やっぱり現実の男は粗野で頭悪いわ! ウイリアムもテリースも、絶対女性に酷いことしないしやさしいし紳士だし、なんといっても二人の関係性以上に尊いものなんてないのに!」
憤慨する鳴海を、友達二人は心配した。
「なるちゃん、あんまり周りと波風立てない方がいいよ……。内申に変なこと書かれたら困るし、こういう趣味だもん、おとなしくしてた方がいいのよ」
内にこもりそうになる二人を、鳴海は励ました。
「何言ってるの、ウイリアムとテリースは世界一尊いのよ。誇っていいのよ。あんなに、相手を想い合って尊重し合う関係、リアルにないじゃない!」
鳴海は自分たちにとってとっておきの、とある二次創作作家が描いた宮殿の庭でのウイリアムとテリースの告白シーンを見せる。それは豪華絢爛な宮殿の裏にある広大な薔薇園での絵だった。星々が煌めく深夜、ウイリアムが執務に疲れて薔薇園に散歩に出た。秋深くなった深夜に薄着では風邪を引くと気遣った執事のテリースが上着を持ってウイリアムの許を訪れる。
――「ウイリアムさま、お風邪を召します。これをお掛け下さい」
――「ああ、テリース。こんな夜に此処まで追いかけて来てくれるのは、君だけだと思っていた」
――ウイリアムは上着を持つテリースの手を取り、そっとその銀の指輪をはめた左の手の甲に口づける。
――「……っ! ウイリアムさま!? なっ、何を……!」
――「常に僕を見、僕を気遣い、僕に醜いものを見せまいとしてきた君が、今一番、僕に醜いものを見せていることを、君は知っているのかい? こんな気持ちを、持たなければ良かったと、心の底から思うよ、テリース……。君を愛さなければ……、こんなに美しく咲く薔薇を羨むこともなかった。薔薇咲く庭に待つ君の婚約者を羨んで、この胸がどす黒く燃え尽きそうだよ……、テリース!」
最高の告白シーンだった。何もかもを持つ王子のウイリアムが、ただひとつ手に入れられないテリース。美しき白い豹が獲物を手に入れられないジレンマに苦しむ。そしてその後、ウイリアムはテリースの顎に手をかけて……。