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 全ての授業が終わりを告げるチャイムが校内に響き渡った。
 私は荷物を持って保健室を出ると、足を早めて昇降口に向かう。下駄箱に脱いだ上履きを突っ込んでスニーカーに履き替えた。アルバイト先は家に近いホームセンター。学校からだとバスに一本乗り遅れるだけで一時間も時給が減ってしまう。ただでさえテスト期間中でシフトに入れなかったのだ。大切な収入源が無くなるのは困る。

 他のクラスでもホームルームが終わったようで、教室からまばらに生徒が出てくる。あっという間に昇降口は行き交う人で溢れた。

「もしかして高田日和さん?」

 靴ひもを結ぶ手を止めて横目で見る。知らない人だけど、セミロングの黒髪が艶めいている小顔の可愛らしい子だと思った。私と目が合うと、見知らぬ彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。

「急に話しかけてごめんね。その、ヘッドフォンが気になって……」

 首にかけているヘッドフォンを身振り手振りで教えてくる。きっと彼女は、私が本来いるべきクラスの生徒なのだろう。先生いわく保健室に居座っている私を「青いヘッドフォンが目印」だと言ったらしい。進級してすぐのこととはいえ、説明が雑すぎる。
 私は軽く会釈して、また靴ひもを結ぶ。彼女は更に続けた。

「私、鹿原莉子っていいます。今年から学級委員になって、楽しいクラスにしたいと思ってる。だから無理にとは言わないけど、良かったら顔出しに――」
「嫌」
「え?」

 彼女の言葉を遮って、私は立ち上がった。早くしないとバイトに遅れてしまう。

「……い、息苦しいのは、嫌、だから」

 たどたどしくそう言って、足早に立ち去る。早くここから離れたい一心で、夢中になって学校の敷地を抜けた。
 息が苦しい。無意識に走っていたからか、それとも彼女に話しかけられたからか。
 これ以上考えたくなくて、首にかけたヘッドフォンをつける。聞き慣れた曲が流れてくると、心なしか落ち着いてきた。後ろから彼女が追いかけてくる様子はなかったけど、なんだか怖くなって足を早めた。