――三ヶ月前、高校二年生の春。

 青春真っ盛りともいわれるこの時期に、私は学校の保健室にいた。カラッと晴れた良い天気で、外では朝から体育の授業を受ける先輩たちが苦い顔をしながらマラソンしている。春でも朝方は冷えており、小刻みに震えていているのを程よい室温で保たれた保健室でほんの少しの優越感に浸って眺めていた。
 すると、職員室から戻ってきた養護教諭の(あし)()先生が呆れたように言う。

日和(ひより)さん、見学するのもいいけど、プリントは終わったの?」

 私は黙ったまま、シャーペンで解答欄を埋めたプリントを掲げてみせた。教科書に書いてあることをそのまま書き写すだけの、テストにもならないプリントだ。芦名先生はそれを受け取ると「採点するから」と言って自分のデスクに座り、赤ペンを手に取った。

 採点が終わるまでの間、お気に入りの青のヘッドフォンを使い古した音楽プレーヤーに繋げた。スマホの音楽アプリもあるけれど、今日のバイト終わりの時間から始まる生配信のために充電は残しておきたい。慣れた手つきで操作し、シャッフルで曲を流す。少年のような、少女のような。中性的な声で綴る歌詞と変則的な演奏に、両耳につけたヘッドフォンを押さえつけて聴き入った。目を閉じれば、真っ暗な空間でのライブ会場が出来上がった。その会場は一段、二段と上がった踊り場には誰もいなくて、両端に大きなスピーカーが置かれ、シャッフルで流れてくる曲がかかっている。

「今日はなんの曲を聴いているの?」

 肩をトントンと叩かれる。目を開けば、芦名先生が赤ペンで丸ばかりつけた満点のプリントを差し出していた。ヘッドフォンからコードを抜き取り、今度は私が音楽プレーヤーを差し出した。

「先生も聴いてくれる?」
「一応仕事中だから、音量は小さくしてね」

 芦名先生はデスクの椅子を引っ張って私の前に座ると、どんとこい、と言いたげに構えた。

「……いいの?」
「もちろん」
「……っ、こ、この曲は、アズが動画サイトに投稿を始めて三周年記念で自分で書き下ろしたオリジナル曲なの。アズはいつもその口調に合わせていろんな声で歌うことができるんだけど、この曲はアズが独学で勉強して、音楽に詳しい友達に教えてもらいながら作った、作詞作曲まで全部、アズが監修し、アズの声で完成したオリジナル楽曲。すごいところはね、Aメロは初期の歌い方なのに、サビになるにつれて声変わりをイメージして音を変えていくところで――」

 延々と、淡々と。私は音楽プレーヤーから流れる楽曲についてスラスラと語る。下手すると三時間は余裕で語ってしまうかもしれない。そんな話を芦名先生は嫌な顔ひとつせず、黙って聞いてくれた。そして決まってこう言うのだ。
「クラスでもこれくらい話せるようになるといいね」と。

 先生の微笑みに嫌味を込められているような気がした。そんなことをする人じゃないってわかっているのに。私は黙ってヘッドフォンを繋ぎ直した。微かに曲の終わりが流れている。アズの声は聴こえなかった。