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 七月七日。アズがプロデュースする合同ライブ当日。
 若槻くんと一緒に、新幹線に乗って都内のライブハウスへ向かう。ライブ自体は昼過ぎから夕方にかけて行われるため、早めに地元を出てきたけれど、想像以上の人の多さに思わず眩暈がした。

「高田、大丈夫か?」
「……な、なんとか」
「無理するなよ。まだ時間は余裕あるから、休憩してからいくか?」
「大丈夫。会場に行こう」

 挙動不審な私が心配なのか、若槻くんが逐一声をかけてくれる。人混みが苦手だからというのもあるかもしれないが、アズのライブに行くという実感がじわじわとやってきて、自分でも緊張しているのがわかった。

 若槻くんにアズのライブに誘われたあの日、私は彼の勢いに押されてチケットを受け取った。
 本当はずっと行きたかった。アズの声を聞いて、安心したかった。
 でもこのライブはアズの追悼式に近い。それは、もうこの世にアズがいないことを目の当たりにすることと同じ。
 だからどこかに留まることをせず、早く行って、会場入りして気持ちの整理をしていたかった。
 人混みを抜けて会場に着くと、すでに待機列が出来ていた。開場待ち列に並んでいると、若槻くんはふいに空を見上げる。

「どうしたの?」
「いや……七夕なんだから、少しくらい晴れてくれたっていいのにって思って」

 アズが七夕にライブをすると決めたことを、少し前の配信で話していたのを思い出す。

『七月七日――この日に自分はあのライブハウスで、歌で生きていくことを決めました。あまりにも無謀な挑戦に誰もが鼻で笑ったけど、アズの新曲が世に出るたびに「ざまぁみろ!」って思った。それは今も変わらない。これからも鼻で笑った誰かの期待を裏切っていきたい』

 悪戯っぽく笑って楽しそうに話すアズの様子は、画面を見なくても声だけで伝わってくる。その日も今日のような、灰色の雲に覆われた日だったらしい。
 私が覚えている限りでは、ここ数年の七夕は雨雲に覆われている。天気に特別な日なんて関係ない。神さまの気まぐれで決まるものだし、日頃の行いが左右されるかもしれない。
 こんな私でも、一瞬だけでも晴れ間を見せてもらえるように祈ってもいいのだろうか。

 チケットと引き換えにオリジナルの蛍光ブレスレットを渡された。
 ぱきぱきっと手で折り曲げて右の手首につけると、ぼんやりと青色に発光し、模様が浮かんできた。アズのグッズを手がけるデザイナーが、この日のために用意したものだという。

 ライブハウスは想像していた以上に広かった。すでに来場者で埋まっており、まだ演奏も何も始まっていないのに、画面越しに見ていた場の空気に圧倒される。
 ステージ上の装飾がすべて深い青に統一されていた。隣で若槻くんが「アズのために急遽用意したんだってさ」と小声で教えてくれる。

「なんで知ってるの?」
「さっきそこでスタッフが話してるのを聞いた」

 しばらくして開演時間になると、天井やステージ上に設置された照明が一斉にステージの中央に向けられ、ポツンと置かれたキーボードが注目された。
 そして一人、マイクを持った男性がキーボードの横に立つと、私たちの方を向いて口を開いた。最近、アズが作曲した歌でメジャーデビューを飾った歌い手だった。