七月――来てほしくなかったなぁ。

 そんなことを思いながら、ベッドの上から窓の外を見る。相変わらず曇天の空で、雨がしとしとと降り続いていた。きっと今日も雲に邪魔されて、太陽は顔を覗かせないだろう。

 すると、コンコン、と部屋のドアをノックする音がした。返事をすると母の声がドア越しに聴こえてくる。

「日和、お友達が来てるわよ。男の子なんだけど、あなたと話したいって」
「……え?」

 男子の友達なんて一人しか思い浮かばない。自分が寝間着姿で、ボサボサの髪型であることを忘れてドアに近付く。少しだけ開くと、そこには若槻くんの姿があった。

「……なんで」
「おはよ、高田」

 へらっと笑う。いつもと変わらない笑みや口調なのに、声だけが震えている。すると、急に喉をぐっと力を入れて言葉を詰まらせた。

「様子を見に来たんだ。鹿原も芦名先生も、高田によろしくって」
「……え、と……ごめん」
「無理もないよ。俺も休みたいもん」

 不意に視線を逸らす彼を見て、目の下の隈がくっきりと見えることに気付いた。時折何かに堪えてぐっと飲み込んでいるのも、無理に笑顔を作っているのも、私を困らせないためだろう。

「……行けなくてごめん。でも今は……」
「高田、せっかく人に慣れてきたのにここでまた引きこもるのか?」
「……若槻くんには、関係ないことだよ」
「あるよ」

 ポケットからおもむろに取り出したのは、二枚のチケット――アズがプロデュースする合同ライブだった。公演日は七月七日――当初の予定通りの日程だった。

「今日、アズの公式SNSで追悼と合わせて合同ライブを決行するって発表したんだ。チケット二枚、死守しといてよかったー」
「ライブ……? アズがいないのに?」
「違う。アズがプロデューサーとして立つステージだよ」

 若槻くんは私にチケットを一枚差し出した。

「高田はアズに会わなくちゃ。君の生きる理由がアズだったように、アズの生きる理由は歌だった。歌はひとりでも歌うことはできるけど、自分以外の誰かの反応で生まれた楽曲だってある。ファンがいるから、アズは僕らの前に立っていた。アズが生きていた証明を、僕らがするんだ」

 若槻くんは震えた手でもう一度、私の前にチケットを差し出した。

「最初で最後に、アズに会いに行こう」