意外な共通点を知ってある程度話せるようになった私は、鹿原さんと一緒に教室に向かった。目的地に近付くにつれ、両手で握っていたヘッドフォンのヘッドバンドの形が変形しつつある。緊張しているのが伝わったのか、隣で話しかけてくれる鹿原さんも、心なしか顔が強張っていた。

 教室と廊下の境目にある扉の前にくると、中にいるクラスメイトがこちらを珍しそうに見てきた。動物園で生活する動物たちの気持ちが、少し分かった気がした。

「――高田!」

 ふと呼び止められて振り向くと、登校したばかりの若槻くんがこちらにやってきた。後ろの髪がぴょんと跳ねていることに気付いていないらしい。

「おはよう、今日はこっち?」
「うん……敷居を跨げるかは別の話だけど……」
「敷居って、もう校舎の中だろ?」

 若槻くんはそう言ってへらっと笑う。ここしばらく話して分かったけど、彼は能天気な一面がある。今はただ、切実にその余裕を分けてほしい。
 それを見て鹿原さんも私に笑いかけた。

「大丈夫! 私も一緒だもの。よく言うでしょ? 一緒に跨げば怖くない!」
「そ、それは横断歩道の話……」
「いいからっ! せぇの!」
「わっ!」

 鹿原さんが私の手を引く。一緒に教室のへ一歩、足を踏み入れた。
 それはあまりにも一瞬で、呆気ないものだった。
 廊下との境界線を越えたのを確認して、自分の足元に目を向ける。二本の足で、教室という空間に立っていることが、私にとってどれだけ意味のあることか。

「高田、気分はどう?」

 後ろでニヤリと笑みを浮かべた若槻くんが言う。ほとんど鹿原さんが手を引いてくれた勢いで入ったけど、彼が軽く私の背中を押したことに気付いていないとでも思ったのか。

「……何でも、できる気がしてきた」

 確証も自信も何もないけどね。
 引きつった笑みを浮かべる私に、若槻くんは満足そうに笑った。